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姦譎の華
第2章 2
 雑談ではなく仕事に関する話だったが、人の耳を憚らなければならない内容だった。経理部門にいた社員が、会社の金を着服していたことが発覚したのである。理由はホストクラブ通いだった。

 かつてどこかの金融機関が報じられたような、数億円規模の横領ではない。もとより額の如何にかかわらず、会社は被害者だ。

 だが、横領されたという事実そのものが、事業体としては汚点だった。あの会社は横領が可能なのだ、そんな杜撰な経理処理をしているのだ。憶測や勘繰りが拍車をかけたあげく、事業継続性までもが取り沙汰されかねない。合併や事業譲渡で急成長した会社では、激変する商実態に会計フローが追いつかないのはよくある話だが、だからといって、それでマーケットが許してくれるわけではない。

 コンプライアンスに対する世間の目を憂慮した一部の経営陣は難色を示したが、社長たる敏光が強く推したため、この件は公表しないという方針となった。主だったステークホルダーに対しては敏光自らが行脚して話をつけ、こまごまとした火消しは社長室長の光瑠が請け負うことで、事なきを得る目処がついていた。

「示談金の中に私たちへの詫び賃も入れてほしいなぁ。ていうか、とにかく土下座しにきてほしい」

 当然、経営層が旺盛に動くのであるから、秘書係にも被害が及んだ。資料の取り揃え、サマリの作成、アポイントメントの確保、随伴。付いている主人のために働く、秘書とはそういう仕事なのだが、正直、事件さえなければと思うと、多英も迷惑を感じずにはいられなかった。

「しかたないじゃない」
「ずいぶん物分かりがいいんですね」
「そう言うほかないでしょう?」

 回答を聞いた愛紗実は、右へと重心を戻すと、鼻から息をついた。

 この愛紗実をして、本当に慰謝料を渡されようが、たとえ目の前までやってきて土下座で陳謝されようが、決して蟠りが晴れることはないだろう。
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