この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
姦譎の華
第14章 14
起き上がろうと横臥に変え、不自由な腕で体を支えようとしたが、新しいベッドはスプリングが利いていて、うまくバランスが取れずに肩からシーツの上に崩れ落ちた。床の上のほうがやりやすかろうと、くの字になった体を芋虫のように進めようとして……やめる。
久しぶりに泣いた。
こみ上げる嗚咽をシーツへと潜ませた。子供は親を選ぶことができない。そんなありきたりな不条理に恃んで泣いた。自分は、こんな母親のもとに生まれたことを恨んでいるのだ。自分は、こんな母のもとでしか生きていけないことを呪っているのだ。懸命に、そう言い聞かせて泣いた。
しかし泣き始めた端から、涙の理由はもっと別のところにあるのだろう、そんな懐疑がマットレスに澱み、体を地中深く深くへと沈みこませようとしていた。
物乞い。盗っ人──それだけではなかった。
母は向き合った時に、気づいていたのだ。
どれくらい泣いていただろう、ドアが開いた。
「ごめん、寝てしまった」
歩み寄ったオッサンが、手首のテープを剥がしにかかる。的はずれな謝罪。母の陵虐が原因だというのに、このオッサンは、まずは自分の油断を詫びた。薄暗い部屋の中で、ドアから差し込む光を浴びて陰影のはっきりとした表情は、諦めにも悟りにも見えた。
「ね、オジサン」
大人たちへの納得のいかなさに涙はあっさりと引き、「……これって虐待だよね?」
見解を訊いたつもりだったのだが、オッサンは剥がし終えたテープを丸めつつ、
「歳は気にしないつもりなんだけど、はっきり言われるとやっぱりこたえるな。ま、たーたんから見たらオジサンにはちがいないけどね」
まるで見当はずれの答えを返してくる。いやそこじゃない、とツッコむよりも先に、
「何で知ってるの?」
「何が?」
「あだ名」
「ママから聞いたのさ」
「……それ、嫌いだからやめて」
前の学校で、ある男子がネットを発祥とした「たん」の愛称を用いることをクラスで流行らせ始め、自然と名前の方も訛化してあだ名となっていた。
久しぶりに泣いた。
こみ上げる嗚咽をシーツへと潜ませた。子供は親を選ぶことができない。そんなありきたりな不条理に恃んで泣いた。自分は、こんな母親のもとに生まれたことを恨んでいるのだ。自分は、こんな母のもとでしか生きていけないことを呪っているのだ。懸命に、そう言い聞かせて泣いた。
しかし泣き始めた端から、涙の理由はもっと別のところにあるのだろう、そんな懐疑がマットレスに澱み、体を地中深く深くへと沈みこませようとしていた。
物乞い。盗っ人──それだけではなかった。
母は向き合った時に、気づいていたのだ。
どれくらい泣いていただろう、ドアが開いた。
「ごめん、寝てしまった」
歩み寄ったオッサンが、手首のテープを剥がしにかかる。的はずれな謝罪。母の陵虐が原因だというのに、このオッサンは、まずは自分の油断を詫びた。薄暗い部屋の中で、ドアから差し込む光を浴びて陰影のはっきりとした表情は、諦めにも悟りにも見えた。
「ね、オジサン」
大人たちへの納得のいかなさに涙はあっさりと引き、「……これって虐待だよね?」
見解を訊いたつもりだったのだが、オッサンは剥がし終えたテープを丸めつつ、
「歳は気にしないつもりなんだけど、はっきり言われるとやっぱりこたえるな。ま、たーたんから見たらオジサンにはちがいないけどね」
まるで見当はずれの答えを返してくる。いやそこじゃない、とツッコむよりも先に、
「何で知ってるの?」
「何が?」
「あだ名」
「ママから聞いたのさ」
「……それ、嫌いだからやめて」
前の学校で、ある男子がネットを発祥とした「たん」の愛称を用いることをクラスで流行らせ始め、自然と名前の方も訛化してあだ名となっていた。