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姦譎の華
第16章 16
16


 遅刻して稼働が少ないのだから当たり前だが、まるで働いた気がしなかった。コピー用紙ごときでガタガタ言ってくる、すっかり差のついてしまった同期の小言は気にならなかったし、トイレに行くフリをして外に出て、公園の茂みに隠れてちょっと一服、なんてこともしなかった。わざわざ一階まで降りて外へ行く暇があるのなら、別のところに行きたかった。

 多忙な部署の連中は馬鹿みたいにまだ働くつもりのようだが、大半の社員は退社しており、帰宅のピークの過ぎた廊下は閑散としていた。どだいエレベーターもトイレも逆側にあるのだから、フロアの隅であるこの一角へ足を向ける人間は、時間に関係なくそうはいないだろう。

 倉庫に用でもない限り。

 鉄扉を開ける鍵は、マスターも予備も、丸一日所定の場所にはなかった。総務で騒ぎにならなかったところをみると、誰も、倉庫に用事はなかった、誰一人、非常階段への出口をくぐらなかった、そういうことになる。思いつきで選んだにしては、一人の人間を幽閉するにはうってつけの場所だったようだ。

「おっせえな」

 丸く突き出た腹のせいでどうしても下がるベルト位置を引き上げようとしたが、寸止め、寸止めを繰り返した肉茎は射欲が鬱々としており、ふとした拍子でも下半身の関節という関節が折れてしまいかねなかった。なまじの女では持ち合わせていない、全人類男子の欲望が房実ったかのようなふくらみに挟まれていながら、湧き起こる噴流をことごとく抑え切ったのである。我ながら、これほどの怺え性があったとは驚きだった。

 もっともその堪忍は、一身の根気によってのみ、もたらされたものではなかったろう。

(あの女──)

 ぴったりと合わさった狭間に先端を押しつけ、一定の圧を超えるとニュッと頭が呑み込まれる都度、縮れた毛先に微風がそよいだ。

 俯けられた典雅な鼻先から吹きかけられた、吐息だった。
 震え、そして潤っていた。

 悦んでいやがる。そうとしか考えられなかった。
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