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姦譎の華
第20章 20
 中学に上がるとき、約束通りオッサンは制服をはじめとした何もかもを揃えてくれた。社会に出るまでに、あとどれくらいの金がかかるのか、具体的にはわからないが、相当な額に上るだろうことは容易に想像ができる。愛人の娘に、そこまで金を出してくれる人間なんて、この世に存在するものだろうか。血の繋がっていない子どものために、金を出す理由とは?

 母への愛。

 俄然、平等なんかよりも空疎感たっぷりの言葉だったが、確かに愛人という立場には、その用字の通り、愛情以外の何の保証も与えられていない。甚だ不安定な存在だ。そして、母が縋る不安定な愛情をもとに人生を組み立てざるを得ない自分もまた、甚だ不安定な存在だった。

 支払い待ちの長い行列を暗い気持ちで過ごし、下りのエスカレーターへと向かう途中、「資格」という札がぶら下がった書棚に出た。

 ずらりと並んだ背表紙の中に「秘書」の文字を見つける。
 秘書という仕事に、資格が要るとは知らなかった。

 ガイド本があったので開いてみると、どうやら資格がなければできない、というわけではないらしい。しかし仕事に必要な能力については、オフィスソフトや書案作成、文書管理、法律、会計、語学……果ては礼儀作法まで、それらを証明するための数多くの検定試験が紹介されていた。

(ちょっと顔がいいだけじゃダメなのか……)

 女子アナウンサーのように、秘書になるためのスクールなんかもあるのかもしれない。つまり、もっともっと金がかかりそうだ。だからオッサンは「秘書にしてね」と言われ続けても、困った笑いでごまかし続けているのだろうか。一人で生きていきたいと言っていながら、結局、最も興味を持っているのは、俺の財布の中身なんだな、と。

 不正解ではないが、大正解でもない。

 書店を出て、駅へと戻る坂道ではなく細路へと足を向けた。なんとなく頭の中に描いていた地図によれば、放射状に伸びている隣の通りに、揃わない文房具はない大きな雑貨屋があるはずだった。
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