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姦譎の華
第20章 20
 ごみごみと様々な人々が行き交う東京は、当然ながら優等と分類される人の絶対数も多い。一歩外へ出れば、自分の上を行く人に簡単に出遇してしまう、恐ろしい街だ。社長を目指しているオッサンの周囲には、優等な人種がさぞやたくさんいるのだろう。一人で生きていくということは、学校なんかよりもずっと広く、不安定な世界へと踏み出していくということだ──

「あれ……」

 若干、ボーッとして歩いていた。気がつけば、この道だ、と思って歩いていた先にも後ろにも、馴染みの緑の看板は見つけられなかった。

「やあ、ここだよ、ここ」

 キョロキョロとしていたところへ声をかけられた。腕まくりをしたノーネクタイにブリーフケースを携えた男が親しげに近づいてくる。三十代くらいだろうか、まるで接点のないタイプ。いくら記憶をひっくり返しても知り合いではない。

「いやぁ、なかなか来ないから心配したよ」
「あ、えっと……」
「遅れるなら連絡してくれたらよかったのに。迷っちゃったのかな」

 もちろん、こんな男の連絡先なんか知らない。
 つまり人違いをしている。

「あの、私、ちがいます」
「またまた、多英ちゃん、そんな警戒しなくでもいいよ」

 ありえない偶然に、思わず男の顔を見返してしまったら、

「こういうの初めてかもしれないけど、大丈夫だから。はい、どーぞ」

 男は名刺を取り出した。『スター・モデル・プロモーション スカウトマン』。何の変哲も無い名前とともに、そんな肩書きが記載されている。受け取る理由はないが、受け取らない理由も思いつかないうちに、

「聞いたことない事務所かもしれないね。でも、大きくなくても結構ツテがあるから安心して。知ってるよね、君たちのあいだで話題のマユ。実はあの子も俺がスカウトしたんだ。ほら、ちょうど今月号の……」

 どうやらティーン向けファッション誌の話をしているらしいが、そんなものは読んだことがないからてんで食いつかなかった。ナントカマユはともかく、こうしている間に本物のナントカタエがやってきて、男が勘違いに気づいてくれないかと願ったが、周囲にそれらしい女の子の姿は見当たらない。

「ええと……」

 いまさら間違いですよとわからせるには気まずい時間が経っていたが、このまま喋らせておいても事態は好転しない。意を決して正体を伝えようとすると、
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