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姦譎の華
第20章 20
「おいっ、ブスッ、……こらブスッ!」

 そこまで言うのなら、最初からそう名付けて届を出したらよかったろうに、娘の呼び名を連呼して、金がどうだの、顔がどうだの、わけのわからないことをずっと叫んでいた。

「──今日俺と会うこと、お父さんやお母さんには言ったかい?」

 事務所へ向かう途中、男が訊ねてきた。

「いいえ」
「友達には?」
「あんまり友達いないんで」
「……。そっか、まあ最初は周りに内緒って子も多いんだ。でも大丈夫、多英ちゃんがデビューすることになったら俺が説得するから。……ほら、ここだよ。ね、案外近かったでしょ?」

 声をかけられた場所から数分も経たないうちに、裏通りに面するビルのひとつに着いた。あまり新しくはない。入口の横にフロアの案内版があるが、一階は居酒屋、二階は店名の感じからおそらくはスナック、それより上の階にはプレートが嵌っていない。時間も時間だし、人の気配を感じさせない建物だった。

 男は左右を見回してから、

「外観はイマイチかもだけど、建物で仕事をするわけじゃないからね。……でもごめん、土日は表の入口は開いてないんだ」

 こっちだよ、と脇へと入っていく。隣が迫るコンクリートの小路を進んだ先には鉄階段があった。非常用だろうに、降りてすぐのところには居酒屋のものだろうビールケースが積み上げられている。横身に避けて階段を追いていくと、一番上の五階まで登り切ったときには、男はゼーハーと息を切らしていた。

「あ、あれぇ……、おかしいな」

 鯖水の垂れるドアノブを何度か捻り、

「どうしたんですか?」
「いや……、い、いつもは開いてるはずなんだけどなぁ」
「鍵、ないんですか?」
「う、うん、持ってないんだ。どうしよう、こまったなぁ」

 なんだか困り方が妙にわざとらしい。というか、困っているようには見えなかった。

「しょうがない、悪いけど、ここで済ませちゃおっか」
「え……?」
「言ったでしょ、モデルさんの仕事は場所を選ぶものではないって」

 だとしても、喫茶店にでも行けばいい話だろう。
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