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姦譎の華
第22章 22
22


 女にこんな思いをさせるなんて、ろくな男ではない。

 『隠れ家的ダイニング』というコンセプトには何ら悪感情を持っていないが、『落ち着いた立地』というやつは、たいていは幹線道路を離れた奥まった住宅街とかに店を構えている。しかも途中には急勾配があり、来た時下り坂だったということは、帰りは登り。どちらにしてもヒールで歩くにはまるで向いていない。普通は一方通行だろうが道幅が狭かろうが、無理にでもタクシーを横付けしてくれるものだろう。

「愛紗実ちゃん、まだ……、一緒にいれるんだよね?」

 ジャケットのポケットの中で、手を強く握られた。

 ひょっとしたらコイツは、冬の恋人ごっこがしたくて車を呼ばなかったのかもしれなかった。それどころか、自分が出資している店でシェフやスタッフに同伴者を紹介した彼氏面ぶりは、二人の関係についての認識を数歩先まですっ飛ばしている可能性すらあった。

「んー、ごめんなさい、明日はちょっと早いんですよね」

 ネイルサロンの予約が入っているだけである。

 しかし食事中の男の話は施術中のネイリストの無駄話よりもつまらなく、何ら興味を引かれるものではなかった。対等に会話を運ぶより、詳しくない、知らない態で臨んでやったほうが相手は喜ぶし、こちらから話題作りをする必要がなくて楽なのだが、それにしても意識的に「すごい」の「ご」と「い」の間を伸ばしてやるのも骨が折れた。あげくの果てには、「秘書さんなら綺麗事だけじゃなく、ビジネスの世界の酸いも甘いも知っておかないとね」。それはおっしゃるとおりなのだが、この男を師と選んだ憶えはない。

(さっぶいし……、もう最悪だ)

 格好つけて手を温めようとしてくれるのはいいが、大した暖にはなっていなかった。男は防寒着と言えるものは首に巻いたマフラーだけ、あとはデニムにスニーカー。スーツなんて自由な発想を阻害するような型苦しいものは着ませんよ、というスタイルは、「若手起業家にありがち」な型に思いっきりハマってしまっている。
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