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姦譎の華
第22章 22
 次の日も、顔色はだいぶん良くはなっていたが、やはり、これまでの上司ぶりではなかった。ほんの些細なことではあるが、らしくないミスをする。特に朝のブリーフィングで、取引先の面会時刻を間違えていたことには驚かされた。たしかに一度日時がフィックスしたものが、爾後15分遅らせてほしい旨の連絡があったのだが、その程度のことが頭から抜け落ちてしまうなんて、これまでならばありえないことだった。

 むろん、ロボットやアンドロイドではない。何しろ女である。体調が悪い日もあるだろう。

 だが憎らしいことに、これまでも不調の日もあったろうが、あの女は決して仕事の質を落とすなんてことはしなかった。どんな状況でも万事問題なくこなし、同性すら見惚れるほどのスタイルを誇った肉体は、経年劣化を知らぬ人工物でできているのかと思えるほど、完璧な執務ぶりを示してみせていた。

 従来のパフォーマンスを欠いているとはいえ、並の秘書としてなら充分合格点の働きぶりではある。だから同じフロアの連中、特に見惚れることしか知らない男の社員たちは、秀穎を囃される社長秘書の異変には気づいていなかった。近い立場で仕事をし、つねづね注意と敵意を払ってきた、同じ女の自分なればこそ、察知しうる変化なのかもしれなかった。

 あの女は、何か思い悩んでいる。単なる肉体的な不調ではない、珍しく表に出してしまうほどの懊悩を、数日間も引きずっているのだ。

 ざまあみろ、と万歳すべき状況だったが、そんな気分にはなれなかった。

 上司のスループットが落ちたせいで、部下たる自分にも瑣末なタスクが回ってきてしまうのは、この際どうでもいい。自分の預かり知らぬところで勝手にヘコまれても、嬉しくとも何ともない。これに尽きる。

「ね、愛紗実ちゃん。ちょっとだけでいいからさ、一緒にいてよ。実はこういうの用意してるんだ」

 あ、まだ言ってたんだ、と気づくことができたのは、男が愛紗実の膝の上に何かを乗せてきたからだった。
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