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姦譎の華
第26章 26
26


「五十を超えたらいろんなところにガタが来るのも当り前だな」
 敏光は半ば自嘲気味に呟いた。「こんな運河沿いに無理やり作ったんだから大したもんだよ。さすがは高度経済成長期、何でもアリだ」

 路肩はほとんど幅が無く、コンクリートの壁がすぐそばまで迫っている。隣車線を大型バスに並ばれると、おそろしく圧迫感があった。

「それにしても3年そこらで作った物の改修に10年もかかるのはあまりにも非効率じゃないか? こんな迂回路まで作って……少しは昭和の人々のモーレツぶりを見習ったほうがいい」
「一日5万台も走る道路を通行止めにしたら東京の物流に多大な影響を及ぼします。もちろん、わたくしどもの事業にも」
「そのための湾岸線じゃないか」
「あちらは10万台が走る日本一の交通量です。これ以上車が集中したらパンクしてしまいます」
「おいおい、君は公団の人間か? 詳しすぎるぞ」
「少し前に新聞に出ておりました。それに社長、公団はもうありません」
「細かいことを言うな。道路が危ないっていうのなら、モノレールはどうなんだ。どう見たってアイツのほうが脆そうだ」
「……あの、あとどれくらいかかりそうでしょうか?」

 最後の言葉はハイヤーの運転手に向けたものだった。事故渋滞の車列は、左に緩やかなカーブを描いた消失点まで延々と続いている。

「ずっと繋がってるみたいですから何とも。次で降りて海岸通りか第一京浜から参りましょうか」
「そうしてください。鈴ヶ森の出口は右車線です」
「たしかに、首都高の方くらいよくご存知ですね」

 運転手は笑いながらウインカーを出すと、こちら以上にハラハラ、イライラしているであろうリムジンバスの後ろへと入った。

 モノレールが得意げに追い越していく様子を眺める敏光に、苛立った様子はない。どんな事業を生業うにしても、物流とは切り離して考えることはできないのだから、羽田線を封鎖できない理由は、敏光だって承知していることだろう。軽口が多くなっているのは、疾に陽の暮れた定時外だからか。それにしてもいつもより冗舌だった。
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