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姦譎の華
第26章 26
 シンガポールでの交渉が進展し、何とか合意に漕ぎ着けられそうなところまで来ていた。しかし油断は禁物、ならば相手がまた変な色気を出してこないうちにとっととサインしてしまえ、と、急遽予定を変更し、敏光自らが乗り込むことになったのだった。

 幸い、他のアポイントメントが調整可能なものばかりだったからこそだが、こういったフットワークの良さと決断の早さは、経営者とはかくあるべしとよく言われていながら、実践となるとなかなかできないことだった。好調な業績を残している一要因ではあるものの、反面、周囲からはワンマンとも受け取られやすい。特に敏光は、事故渋滞には鷹揚ではあっても、事業に関しては目標への最短経路を突き進みたく、反対意見を述べる者や、理解のついていかない者を置いてきぼりにしてしまうところがある。

 自分に求められている役割は、常に追従ばかりして、言われた通りに事務処理をこなすことではない。多英はそう理解していた。一歩引いたところから敏光を冷静に見極める、指摘する、諭す。角が立たないように根回しする。時には、前に立ってこれを庇う。

「上がこれじゃ、下もダメかもしれない。ま、そんな急がなくてもいいですよ。実はフライトまでだいぶん時間があるんです。ラウンジで飲んだくれてようとしてたからバチが当たったんでしょう。一人で行ける、って言ったのに、ウチの秘書は社長をすぐ子供扱いするからね」
 敏光ががからかう通りに、活発な子を見守る母親のような立場だった。「……というわけで出張前にお母さんに言っておきたいことがあるから、ちょっと閉めますよ。本当に、無理に急がなくていいですから」

 母親の何たるかを知らない自分なのに──

 笑顔で敏光が運転席との間のカーテンを閉めると、運転手側からも仕切りが下された。防音となるわけではないが、エンジン音や車外の騒音で、通常の会話ならば他には聞こえなくなる。

「さて」

 密室にされ、慧眼に見つめられた。膝の上に置いた手帳の縁を握ってしまったことすら、見抜かれてしまいそうな眼差しだった。

「……申し訳ございません。こんなことになるのなら、ハイヤーをお勧めするべきではありませんでした」

 表情を隠すように心待ち頭を下げたが、敏光は微笑みのまま首を小さく振り、
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