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姦譎の華
第26章 26
「いや、そうじゃないだろう? どれだけ一緒にいると思ってるんだ。空港まで送るって言われた時には、お悩み相談室が開かれるもんだと思ってたんだけどね」

 甲に手を添えられる。麗しさが胸に迫って肩をそびやかせてしまったことは、もはや取り繕いようがなかった。

「ご相談とは、手を握りながらするものでしょうか」
「このあいだ先輩には握らせたのに、僕には握らせないつもりかい? こうやってやたら手を握りたがるのはオジサンの習性ってやつだ。或る意味、特権だよ」
「隣の車に見られたら変に思われます」
「じゃ『オジサンやめて』って振り払えばいい」
「そんなこと申し上げられるわけがありません」

 秘書として随伴しているのである。そうではなくとも……、もうこの歳になって、そんな呼び方ができるわけがなかった。

「社長、ご冗談はこれくらいに……」
「冗談だと思うかい?」

 極力逸らし続けていたのに、握りが強められ、敏光を見返してしまった。湾岸のホテルで、官僚たちを送り出したあとに向けられたものと、同じ眼差しだった。

 この人に最後に抱かれたのは、いつのことだったろう。

 最初に抱かれたときのことは憶えていても、最後に抱かれたときのことは憶えていないものだ。これが最後だとわかって、抱かれてなどいなかったのだから。

 絶えず随伴していると、職務上の関係以上を疑われることもしばしばだった。主人と秘書の関係は疑似恋愛、喩えとしてよく聞く話だし、実際に関係があったわけだが、何もかもがかつての話、社長秘書の任に就いて以降は男と女としての情誼は結んでいなかった。

 しばらく抱いていなくても、男はいちど懇ろとなった女の心を察することができるものだろうか。

 ……呆れるほど甘すぎる期待だった。
 敏光が知っていたら、こんな風に手を握ってくれるはずがない。

 しかしフライトまでにはまだ時間がある。これで最後にするからと縋れば、敏光は社長になる前の姿に戻ってくれるのだろうか。片時でもいい、忌まわしいオトナになってしまった自分も、また──

「──んっ……んああっ!!」
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