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姦譎の華
第26章 26
「昨日、聞いたよ」
「……?」
「あいつめ。仕事の区切りがつきそうで勢いづいたのかな。しかし結婚するから仕事を辞めるなんて古風な考えは君の意志か? あいつの意志なら、現地に着いたら一番に叱り飛ばすところだが」

 背が凍った。主人の顔から微笑は消え、自ら手が離されていく。

「……。いいえ、私の意志です」

 辛うじてそう言うと、

「そうか。優秀な社員を失うのは会社にとって大きな痛手なんだけどな。もちろん、秘書に頼ってる僕個人にとってもね」
 敏光はドアに肘をつき、依然ノロノロと進む窓外を眺めた。「……悪かったよ。君を独り占めしようとしてる息子に、ちょっと嫉妬しちまっただけだ。馬鹿な父親だ。どうかしていた」

 敏光が首都高やモノレールに文句をつけたり、急に手を握ってみたりしたのは、何とかして気持ちの調停を図ろうとしていたのかもしれなかった。自分と同じ血を持つ人間が、自分が情を交わす相手と情を交わしている、その気持ちの如何なるかは、自分だって知らないわけではない。

(……んっ……)

 こんな時なのに、牝が擽られた。自己憐憫に弱いのは昔からだ。

 やはり、この人に抱かれたいと、心から望まれた。軽蔑されてもいい、追いすがり、昔に戻って、秘書としてではなく、また──

「おめでとう」
 しかし敏光は、こちらを向いてはくれなかった。「君たちの意志に任せるよ。やっと、僕の娘になってくれるんだからね」









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