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姦譎の華
第27章 27
27


 会社に戻ると、秘書係のセクションにしか照明は灯いていなかった。時計を見ると二十二時、誰もいない。定時退社促進日が浸透してきており、遵守率は部門長たちの評価指標にもなっているから、他のフロアも皆、引き揚げてしまっていることだろう。

 あらゆるものが最も効率的に使えるよう配置された自席を眺めながら、処分できるものは早めに片付けていかないとな、と多英は思った。まるでこの会社に居なかったかのように、徹底的に。特に社内システムについては、改ざんの痕跡が残っていないか、今一度チェックしておく必要がある。自分が咎に問われるのは構わないが、会社の評判を貶めるわけにはいかない。

 だが、やるにしても明日からだ。

 今季一番の寒波が来ていて、ハイヤーを降りてから夜間通用口まで向かうあいだでも、北風に曝された体はコートを脱いでいないにもかかわらず、いまだに冷えていた。指先を摩すり、車中で敏光からもたらされた温もりまでも失われてしまったのを惜しんでいると、

「おかえりなさい」

 背後から声が聞こえてきた。

 微塵も驚かずに振り返る。
 愛紗実が、セパレータの脇から顔だけを出していた。

「ええ……、ただいま」
「お疲れ様です。ずいぶんと遅かったんですね」
「高速で事故渋滞があったから」
「そうなんですか? でもフライトには間に合ったみたいでよかったです。それでは今日はもう、終業ということでしょうか」
「……。そうね、そういうことになるわ」

 挨拶をして以降は、背を向けてトレイにあった書類を検めながら話していた。

「──ならとっとと準備して特応に来い」

 捲る指を止め、セクションの入口をもう一度見やる。愛紗実の姿は衝立の向こうへと消えていた。

「……」

 書類を戻し、コートを脱いだ。外出前の身だしなみを確認するために置いてある姿見の前に立つ。

 嬋娟たる姿だ。自分でもそう思うし、そう思われるよう努めてきた。

 しかし、あとどれくらい、自分はこの姿を維持できるのだろう。もう少しで年齢の十の位も変わる。
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