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姦譎の華
第28章 28
「ですから、役員も社長も見返してやりましょうよ。期待されている以上の成果を上げるんです」
「僕のためだ、って言いたいのかい?」
少し、間があった。
「……そうですよ、先輩」
愛紗実が呼称を変えると、光瑠が背もたれに身を預け、大きく溜息をついた。
「藤枝さん、仕事中だ」
「愛紗実って呼んでくれないの?」
「仕事中だろうがなかろうが、もう呼ばない」
スクリーンの中の愛紗実の瞳が、水面に沈んだかのように揺らいだ。回線を跨いで対峙しているというのに、光瑠の目線が脇へと逸れている。
「光瑠先輩のために好きでもない男と寝てるのに」
「そんなことは頼んでないよ」
「なにそれ。ひどいよ」
頬へ涙が伝う。
彼女が泣くところを、初めて見た。
が……、
「君の涙は本気じゃない。昔からそうだ」
光瑠は、初めてではないようだった。
「今は本気。光瑠先輩の前ではずっと本気。こんなに好きなのに、どうしてわかってくれないの?」
「君が好きなのは、俺という人間じゃない。大学の時だって、俺が親父の息子だから近づいてきただけだろ? 今だってそうだ。俺が好きだから拘ってるんじゃない。君からじゃなく、俺のほうから別れるって言われたのが気に入らないだけだ」
光瑠の一人称が、オフタイム時に用いる「俺」に変わっている。大学時代──愛紗実からも、光瑠からも聞いたことはなかったが、会話をかいつまんだだけでも、二人のあいだに何があったのかは見当がつく。
「そんなに華村さんがいいの? あの女、いつも先輩に私のこと、何て話してんの?」
「多英さんとは、藤枝さんの話なんかしないよ」
「てかさ! なんで私は『愛紗実』じゃなくて、あのババアは『多英さん』なんだよっ!」
突如として愛紗実が叫ぶと、
「おい、多英さんを悪く言うなっ」
恋人を貶められた光瑠もまた、釣られて声を荒げた。それがかえって愛紗実の怒気を落ち着けてしまったらしく、スクリーン内の目線が正面からズレた。本人を振り返ると、ローテーブルの上で二人の男に身を預けている女を見つめている。
「僕のためだ、って言いたいのかい?」
少し、間があった。
「……そうですよ、先輩」
愛紗実が呼称を変えると、光瑠が背もたれに身を預け、大きく溜息をついた。
「藤枝さん、仕事中だ」
「愛紗実って呼んでくれないの?」
「仕事中だろうがなかろうが、もう呼ばない」
スクリーンの中の愛紗実の瞳が、水面に沈んだかのように揺らいだ。回線を跨いで対峙しているというのに、光瑠の目線が脇へと逸れている。
「光瑠先輩のために好きでもない男と寝てるのに」
「そんなことは頼んでないよ」
「なにそれ。ひどいよ」
頬へ涙が伝う。
彼女が泣くところを、初めて見た。
が……、
「君の涙は本気じゃない。昔からそうだ」
光瑠は、初めてではないようだった。
「今は本気。光瑠先輩の前ではずっと本気。こんなに好きなのに、どうしてわかってくれないの?」
「君が好きなのは、俺という人間じゃない。大学の時だって、俺が親父の息子だから近づいてきただけだろ? 今だってそうだ。俺が好きだから拘ってるんじゃない。君からじゃなく、俺のほうから別れるって言われたのが気に入らないだけだ」
光瑠の一人称が、オフタイム時に用いる「俺」に変わっている。大学時代──愛紗実からも、光瑠からも聞いたことはなかったが、会話をかいつまんだだけでも、二人のあいだに何があったのかは見当がつく。
「そんなに華村さんがいいの? あの女、いつも先輩に私のこと、何て話してんの?」
「多英さんとは、藤枝さんの話なんかしないよ」
「てかさ! なんで私は『愛紗実』じゃなくて、あのババアは『多英さん』なんだよっ!」
突如として愛紗実が叫ぶと、
「おい、多英さんを悪く言うなっ」
恋人を貶められた光瑠もまた、釣られて声を荒げた。それがかえって愛紗実の怒気を落ち着けてしまったらしく、スクリーン内の目線が正面からズレた。本人を振り返ると、ローテーブルの上で二人の男に身を預けている女を見つめている。