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姦譎の華
第28章 28
「だからこういう連絡は今日で最後にしてくれ。頼む」
「ちょ……、ちょっと待ってよ先輩。考え直して」
「愛紗実のほうこそきちんと考え直せ。嫌な男に近づいたりとか、嫌なのに抱かれたりとか、もうそんなことしなくていい」
「なんで? 私、先輩の仕事がうまくいくようにしてあげてるだけなのに」
「……ごめん、親父が着いたら迎えに行かなきゃならないんだ。それじゃ」
「待って、まだ──」
メインウインドウが真っ黒になる。切断マークが表示され、光瑠のアカウント表示もオフラインとなった。
──誰も、動かなかった。
やがて愛紗実だけが、洟を啜り、ゆっくりとソファから立ち上がった。ポケットから取り出したハンカチに目元の雫を吸わせる。それからスマホに自分の顔を映し、左右を向いてメイクの具合を確認した。乱れてしまった髪を入念に手櫛で整え、身繕いを終えると、スマホに何かを打ち込み始める。
そのあいだ、愛紗実は一言も喋らなかった。
彼女が喋らなければ、誰も喋らなかった。置き時計の秒針すら、負うている役目を放棄するかのように、彼女に気を遣っていた。
「……ね、華村さん」
ようやく入力を終えた愛紗実は、いっぱいに息を吸い込み、「見た目がキレイだとさ、そんなに得するもんなの?」
不安定に震わせ、吐き出した。
返事ができなかった。
愛紗実からは生命感が感じられず、もはや魂は彼方へと喪失してしまって、残されているのは中身が空洞の脱殻ように見えた。天空から操られるように一歩々々近づいてくる。スカートが乱れないよう斜めに膝を屈し、鎖の緒を拾い上げると、
「よくも……」
右手の甲に何重か巡らせるあいだに、何かが、彼女の中を満たしていった。「よくもまた、……騙してくれたなっ!!」
いや、取り憑いたのだ──
「……し、知らなかったのよ……、あ、あなたと、み、光瑠くんが……」
「自分の部下の出身大学も知らなかったのかよ。キョーミなかったのか? あ?」
「そ、そんな……、その、……ち、ちがうわ……」
「ま、もうそんなこと、どーでもいいけどなっ!」
「ちょ……、ちょっと待ってよ先輩。考え直して」
「愛紗実のほうこそきちんと考え直せ。嫌な男に近づいたりとか、嫌なのに抱かれたりとか、もうそんなことしなくていい」
「なんで? 私、先輩の仕事がうまくいくようにしてあげてるだけなのに」
「……ごめん、親父が着いたら迎えに行かなきゃならないんだ。それじゃ」
「待って、まだ──」
メインウインドウが真っ黒になる。切断マークが表示され、光瑠のアカウント表示もオフラインとなった。
──誰も、動かなかった。
やがて愛紗実だけが、洟を啜り、ゆっくりとソファから立ち上がった。ポケットから取り出したハンカチに目元の雫を吸わせる。それからスマホに自分の顔を映し、左右を向いてメイクの具合を確認した。乱れてしまった髪を入念に手櫛で整え、身繕いを終えると、スマホに何かを打ち込み始める。
そのあいだ、愛紗実は一言も喋らなかった。
彼女が喋らなければ、誰も喋らなかった。置き時計の秒針すら、負うている役目を放棄するかのように、彼女に気を遣っていた。
「……ね、華村さん」
ようやく入力を終えた愛紗実は、いっぱいに息を吸い込み、「見た目がキレイだとさ、そんなに得するもんなの?」
不安定に震わせ、吐き出した。
返事ができなかった。
愛紗実からは生命感が感じられず、もはや魂は彼方へと喪失してしまって、残されているのは中身が空洞の脱殻ように見えた。天空から操られるように一歩々々近づいてくる。スカートが乱れないよう斜めに膝を屈し、鎖の緒を拾い上げると、
「よくも……」
右手の甲に何重か巡らせるあいだに、何かが、彼女の中を満たしていった。「よくもまた、……騙してくれたなっ!!」
いや、取り憑いたのだ──
「……し、知らなかったのよ……、あ、あなたと、み、光瑠くんが……」
「自分の部下の出身大学も知らなかったのかよ。キョーミなかったのか? あ?」
「そ、そんな……、その、……ち、ちがうわ……」
「ま、もうそんなこと、どーでもいいけどなっ!」