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姦譎の華
第28章 28
 とても女には出せない力で前へと引っ張られる。卓面につっぱろうとした手も追いつかず、テーブルから引きずり落とされた。続けざまにグイグイと吊り上げられ、絞首刑から逃れるためには、膝立ちになって追いていくしかない。

「──おい」

 呼びかけられて、反射的に彼女を見上げた。急に鎖が弛み、自然と体の力が抜けたところに、ふわりとフレアスカートが翻る。香ったクロスフレグランスを、パンプスが横一閃に切り裂いた。

「あ……、……あ……」

 頬骨が砕け散ったかと思った。慌てて顔の至るところを手のひらで確かめたが、歪んだり窪んだりしているところはない。

 しかし愛紗実は、人の顔を──女の顔を、同じ女でありながら──、思い切り、蹴り飛ばしたのだ。

「まーた、とんでもないウソつきやがって……。私がいなくなったら満足でしょ? よくもまあ、そんなポンポンとウソがつけるな。ただの寿退社じゃねえか」
「そんな……つ、つもりは……」
「うるさいっ!」

 脳天の髪をつかまれて上を向かされると、強烈な平手打ちが頬を焼いた。

 尾を引く痛みに、何故、自分の企みは失敗したのか、わかったような気がした。
 彼女に取り憑いたのは、悪魔なんかではなかった。

 施設のベッドに横たわる母が霞む頭に浮かぶ。最後に見舞った時の母。白い壁、白いシーツ、窓の外も白かった。魔に冒された凶々しさにはほど遠く、すべてを白景に囲まれ、静かに眠っていた。

 何も話をすることはなく帰った日の、母の姿。

 たが母は、目を開けている時は常に夢の世界にいるが、夢の中でこそ、現実に戻ってきていたのではないだろうか。愛紗実に憑依したのは、何の贖罪もなく幸福を得ようとしている娘に差し向けられた、生きすだまなのかもしれない。

「ぜっ……たい、許さねえからなっ、ババアッ!」

 絶対に許さない。

 そうだった。
 人を許すことの難しさは、自分は身に染みて知っていることだった。








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