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姦譎の華
第29章 29
オッサンが切り出そうとすると、母が、私から言うわね、と小さく咳払いをする。
「あのね。……ママたちね、そろそろ籍を入れようと思うの」
口角が上がっていた。けれどもそれは和やかな笑みが溢れているのではなく、謝罪したのに一向に口をきいてくれない娘に怯えていて、擬装に努めているのがバレバレだった。対峙しただけでギスギスとする空気ですら、自らに課せられた贖罪なのだ、そこを押して、我が子と接するのが親というものなのだ。そんな自意識が、唇の形を無理矢理に変えさせている。
「そうなんだ。……それで?」
三年前は口にしなかった言葉を言ってやると、
「いい、かな……?」
「いいも何も。好きにしたらいいと思う」
「あ、ありがとう……」
久々に会話をしてもらえた母は答えを聞くや、スンスンと鼻を鳴らし、目尻を拭った。
グロい。
どうしてこの人は、娘の成長の節目々々に、不愉快な思いをさせてくるのだろう。その眼を二本指で潰してしまいたい。
「……じゃ、大学入ったら、家、出て行ったほうがいいよね」
「え……?」
「わざわざ言ってくるから、そういうことかと思ったけど」
凶行に打って出ない代わりに、あながち欺瞞でもなかったことを言ってやると、泡を食った母はぶんぶんとかぶりを振った。
「ち、ちがうの、そういう意味で言ったんじゃなくって、そ、その、別に、出て行かなくったっていいのよ」
「……いいの?」
「ええ……い、いいえ、いいとかダメだとか、そういうことじゃなく、……ママはね、い、一緒に、暮らしたいの」
テーブルの上に雫が落ちる。ライトに反射する水滴は、涙なのか洟水なのか、どちらにしてもつくづくグロテスクだった。
「……。そうなんだ」
「いてくれる……、のよね?」
「うん、まあ、ここから通っても近いし」
「ああ、うれしい……」
誰に対する何の感謝か知らないが、母は顔の前で手を合わせて目を瞑った。
その隙に隣を見る。
ところで、ちゃんと清算は終わってるんですか。いずれ本妻が乗り込んできて、修羅場にされては困ります。あと、大学中退とかは嫌なので、もしもの時のための財産分与もしっかりとお願いしておきたいです。
「あのね。……ママたちね、そろそろ籍を入れようと思うの」
口角が上がっていた。けれどもそれは和やかな笑みが溢れているのではなく、謝罪したのに一向に口をきいてくれない娘に怯えていて、擬装に努めているのがバレバレだった。対峙しただけでギスギスとする空気ですら、自らに課せられた贖罪なのだ、そこを押して、我が子と接するのが親というものなのだ。そんな自意識が、唇の形を無理矢理に変えさせている。
「そうなんだ。……それで?」
三年前は口にしなかった言葉を言ってやると、
「いい、かな……?」
「いいも何も。好きにしたらいいと思う」
「あ、ありがとう……」
久々に会話をしてもらえた母は答えを聞くや、スンスンと鼻を鳴らし、目尻を拭った。
グロい。
どうしてこの人は、娘の成長の節目々々に、不愉快な思いをさせてくるのだろう。その眼を二本指で潰してしまいたい。
「……じゃ、大学入ったら、家、出て行ったほうがいいよね」
「え……?」
「わざわざ言ってくるから、そういうことかと思ったけど」
凶行に打って出ない代わりに、あながち欺瞞でもなかったことを言ってやると、泡を食った母はぶんぶんとかぶりを振った。
「ち、ちがうの、そういう意味で言ったんじゃなくって、そ、その、別に、出て行かなくったっていいのよ」
「……いいの?」
「ええ……い、いいえ、いいとかダメだとか、そういうことじゃなく、……ママはね、い、一緒に、暮らしたいの」
テーブルの上に雫が落ちる。ライトに反射する水滴は、涙なのか洟水なのか、どちらにしてもつくづくグロテスクだった。
「……。そうなんだ」
「いてくれる……、のよね?」
「うん、まあ、ここから通っても近いし」
「ああ、うれしい……」
誰に対する何の感謝か知らないが、母は顔の前で手を合わせて目を瞑った。
その隙に隣を見る。
ところで、ちゃんと清算は終わってるんですか。いずれ本妻が乗り込んできて、修羅場にされては困ります。あと、大学中退とかは嫌なので、もしもの時のための財産分与もしっかりとお願いしておきたいです。