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姦譎の華
第29章 29
 オッサンに釘を刺してやりたかったが、嬉し泣きをしている母につられて嬉しそうな顔は……していなかった。微妙に視線が合わない。誕生日が来たら、公明正大に、オッサンの肉杭に貫かれるものだとばかり思っていた。しかしオッサンの顔つきは、社長になる前の景気づけに、連れ子の初体験をせしめてやろうと企んでいるようには、とても見えなかった。

「……もういい? 明日早いから、寝るね」

 席を立ち、部屋へと向かう。もう何を言われても、立ち止まるつもりはない。

「あ……う、うん。あの、ありがとうね。ママね、認めてもらえて、ほんとうに、幸せよ」

 ……何を言われても、だ。

(あーあ)

 ドアを閉めたとき、去来している感情が何ものなのか、よくわからなかった。

 少なくとも素っ気なく受け応えしたほどの、虚無感に捉われているのではなかった。何か言葉を出せ、と言われたら、あーあ、でしかない。残念がるときに出てくる言葉。自分はいったい、何を残念がっているというのだろう。

 あと少しでオンナにしてもらえるところだったのに、機会が失われてしまったことを嘆いているのだろうか。いや違う。オッサンと結婚するのはこの私だったのにと、妬んでいるのだろうか。いやまさか。母娘のあいだで肉杭争いをしてきて、敗れた形になったのを悔しがっているのだろうか。どれもこれも、ぜんぶ違った。

 ママね、本当に幸せよ──

 母は十年前、ついに得られずに崩壊していった穏やかな家庭というものを、取り戻そうとしているのだった。仕掛けた時限爆弾が意図しない時刻に爆発すると気づいた時、きっと、爆弾魔も同じ言葉を漏らすにちがいない。

 次の日から、年末に向けて仕事が忙しくなったようで、母の帰りは遅くなっていった。食事の支度ができないことを謝りつつ、連日こちらが眠りについた夜半の帰宅だった。オッサンも、自分と二人きりになってしまうのが怖いのか、やっては来ない。
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