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第29章 29

　すると母は、オーバーに頷いてみせ、

「実はね、ほんとはママも気に入ってるの。大丈夫、調べてもらったんだけど、母親が再婚しても必ず子供の苗字が変わるわけじゃなくて──」
「ううん、違うの」

　戸籍についての説明をしようとしたから、話の腰を叩き折った。

「違うの？」
「うん……」

　さて、ここで母の目を凝視したほうがいいのか、目を逸らしたほうがいいのか。直感的に後者だろうと思われたので、ちょうどうまい具合に見つけたラグの糸クズに焦点を合わせた。

「ママ、本当に再婚するつもりなの？」
「……どういう意味？」
「そのまんまの意味」
「だって、あの時、賛成してくれたし……」

　それは拡大解釈だ。
　賛成などしていない。好きにしろと言っただけだ。

「それは……」
　ももの上にあった寝巻の裾を引っ張り、膝頭をぴったりと閉じた。「オジサンがそばにいたからだよ」

　目を逸らしたのは間違いだった。これでは母の表情がわからない。これから聞く娘の告白を聞いて、どんな顔をするのかが楽しみだというのに。

「本当は反対だったの？」
「反対とか、そういうことじゃなく、……怖いんだ」
「怖い？」

　ひとつ、はー、と弱々しい息を聞かせた。顔を上げ直すうまい口実を思いつき、決心をつけた眼差しを向けてやる。想像のとおり、母は戸惑った顔をしていた。

「ママが帰ってくるよりも先にオジサンが家に来てるとき、何回もあったでしょ？」
「え、……ええ」
「最初はね、ただのスキンシップだと思ってた。お小遣いくれるし、何でも買ってくれるし。知らない東京に来て不安だったけど、優しいオジサンでよかったって……、最初は、そう思ってたの」

　せっかちな人が聞いたら回りくどすぎてイライラするだろう。だが、悩みを抱えた女の子のおずおずとした話し方とはきっとこんなものだろうし、とりわけ親にとっては、イライラというよりはハラハラとした、様々な憶測を渦巻かせることができる。

「……最初は？」
「うん。でもね、身体検査しようとか言って、胸とか、その……、他のところとかも、触り始めてきたの。すっごい怖かったし、恥ずかしかったし、動けなくて、そしたらギュッてしてきて……、無理やり、キスされたんだ」
「……っ」

　憶測の中で最も悪いものが正解ですよ、と知らされた時、母はフリーズした。