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姦譎の華
第29章 29
「東京に来た日、ママたちの寝室、覗いたことがあったよね?」
「……、……それは、その……」
「ママもすごく怒ったし。憶えてるでしょ?」
「……え、……ええ」

 まだ、母が「どうかしていた」時の話。
 乞食で、ドロボーで、ほんと──

「その、でも……、でもね、それはね、ごめんね、何て言ったらいいか……」
「ううん、わかってるよ。あの時は、ただの好奇心だったの。私のほうこそごめんなさい」
「そんな、あやまることじゃ……」
「でもオジサンも気づいてた。……あれからも覗かされてたの。将来のためにセックスのやり方を憶えておけ、って。ママのセックスを見てよく勉強しておけ、ママは簡単にいろいろやるからって」
「うぅっ……!」

 寝室でどんな痴態を繰り広げてきたか、思い出せもしないことを思い出そうとしている。羞恥なのだか、自己嫌悪なのだか、ついに母は頭を抱えた。

「ねえママ……」
 溜めに溜めた。「それでも、結婚するの?」

 言ってから、人に話しがたいことを告白したにしては、少々自発的に喋りすぎたかなと心配になった。俯く母の真っ白な横顔は、赤い唇だけが細かく上下に動いていた。震えが大きくなったのかと思ったが、よく見てみると、唇の開く幅は都度異なっていた。何かを、ずっと呟いているのだ。

 そんな母を、かつて見たことがある。
 誕生日まで待ってさえいれば、晴れて娘は男と肉体関係を持ち、男は若くぴちぴちとした体に溺れ、母は飽きられて捨てられる程度の地獄で済んだのに。

「ママ」
「や、やめて……」
「ねえ、ママ」
「……うう……、やめ、ろ……」

 これからは二人で頑張って生きていこうね。ママだけになっても寂しくないよ。いっぱい可愛がるから、何不自由なく、いっぱい幸せにしてあげるから。
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