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姦譎の華
第29章 29
 あの時の誓いは、果たされなかった。果たさなかったのに、この人は幸せになろうとしていた。まだ愛情が欲しかった頃に、与えてくれなかったこの人は。

 横から抱きつくと、振動ともに呪詛が聞こえてきた。何を言っているのかよく聞き取れない。何だ。何と言っているのだ。今度こそ、どうかしていたのなんて寝ぼけた理由ではなく、自分の存在を全否定するような、心からの謝罪でも呟いてくれているのだろうか。

 けれども、たとえそうだったとしても、踏み止まれたかどうかは自信がない。

 なぜならば……。

(はあっ……、きもちいい……)

 パイル地のナイトウェアの中で、牝の穴がはしたなく蠢いていた。息をしているだけで、音が鳴りそうだ。

「私がね、オジサンに変なことされるのは、我慢すればいいことなんだ」
「……そ、そんなこと、うう……、だめよ、そんな……」
「でもね、きっとオジサンは、いつか、ママにひどいことをするよ」
「そんなこと……そんな、こと……ない、ってば、か、勝手なこと、言わない、で……」

 娘の中学卒業を機に、鍵がかけられなくなった包丁棚の引き手を、母が帰ってくる前に少しだけ開けておいた。母がそれに気づいた時、刃は誰に向けて奮われるのだろう。別の女に手を出したオッサンか、自分の男を奪った女なのか、はたまた、包丁を持った女自身の喉笛か。いずれにしても、我が家史上最大の惨劇となることは間違いない。どんな結果が導かれても、自分は確実に、カワイソウな状況に陥る。そう思うと、淫らな分泌が止まらなかった。

「私はね、またママが、ひどいこと言われるのが嫌なの」
「ううっ……! うるさいわねっ……ち、ちがうって言ってるじゃないの、この──」
「ごめんね……。ごめんなさい、ママ」

 だから奇妙に晴れやかな気持ちで、過呼吸寸前の頭を撫でてやることができた。

「……私がブスに生まれなかったばっかりに」









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