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姦譎の華
第4章 4
 多英は微笑したまま手を離すと、一歩下がって今日何度目かわからぬお辞儀をした。頃合いを見計らって敏光たちが戻ってくる。ドアマン経由で行先を告げていたタクシーで幹部を送り出し、その後子飼いのほうも、こちらは自腹となって可哀想だったが、帰宅していくのを見送った。

「──今日は本当に、助かった。ありがとう」

 社長と秘書たちだけになると、敏光がまず礼を言ってきた。

「いいえ、奥原様と児島様の御協力があってこそです」
「いや見事な手配だったよ。ま、そっちの詳しい話は明日また聞かせてくれ」
「はい、かしこまりました」
「もちろん、今のこの時間も勤務時間として扱っていい」
「ありがとうございます」
「……」
「……何か?」

 敏光はしばし、口を開けたまま多英を見つめてきたが、

「いや……、何を言おうとしたのか忘れてしまった。ダメだな、こりゃ」

 好調な業績を牽引している辣腕の社長として、あるはずのないことだった。しかし敏光の目線からは、社長としてではない、具体的な言葉にはできない、波長のようなものが感じ取れたから、

「思い出されたら、ご指示ください」

 と、柔和な顔で受け流した。

「ああ。君たちも帰りはタクシーを使えよ? もう結構な時間だし、物騒だからな」

 そう言い残し、敏光もまた去っていく。

「……飲んでるのに働いたことにしてもらえるって、そういう点では私たちって恵まれてますよね。全然酔えてないですけど」

 ラウンジのソファに置いていたコートとバッグを取りに戻る途中、完全に声色を戻した愛紗実が呟いた。

「そうね」
「と、いうことで、たまには二人で飲みにいきませんか?」

 まさか立ち話であの有り様だったのに、アルコールが入ったらどんな目に遭わされるかわかったものではない。官僚たちの目を楽しませるため、ジャケットもスカートもビジネスにしては派手めなものを選んでいたから、これを緩和せんとする重めの色合いのカシミアコートへ袖を通しつつ、
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