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姦譎の華
第4章 4
「ごめんなさい、このあと用事があるの」
愛紗実の顔を見ずに固辞をした。普段、ボタンは留めないことの方が多いが、備えられている全てを結んでしまう。
「もしかして室長とデートですか」
「シンガポールにいるのに?」
「ですよね。なので海外出張でさびしくて、そろそろフェイスタイムとか」
「行きましょうか」
最終的には無視をして、バッグを肩にかけると、
「……手。洗わなくていいんですか?」
自分もコートを着終えた愛紗実が、レストルームの案内プレートを指さした。
肩をすくめて首を振る。
「へえ、やさしいんですね。……そりゃモテるはずだ」
幹部が多英には握手を求めて来たのに、愛紗実には求めなかったことを言っているのだ。
飲んでいるときも、喋っているのは愛紗実なのに、幹部の興味が完全にもう一人の女の方へ向いていたことには、彼女自身も気づいていたはずだった。木組みの椅子に座る脚がカウンターの陰で左右二組並んだことだろうが、愛紗実のスカート丈のほうが短いにもかかわらず、目線が向けられた回数もまた、明らかに少なかった。
いわゆるスケベオヤジが相手なのに、食指も鑑賞も握手もなかったことが面白くないのだろうか。やはり、こんな子と飲みに行ったって何一ついいことはない。
「それじゃ。藤枝さんがいてくれて本当、助かったわ」
挨拶を聞かず、一人でタクシーへと乗り込む。
「新宿西口まで」
「首都高からでよろしいですか?」
「……。どうぞ」
タクシーがホテルのロータリーを巡ると、レインボーブリッジが窓を流れた。それからテレビ局、そして大観覧車。
観覧車は夜闇の中に、くるりと時計回りの模様を浮かばせた。手を振っているように見える。おつかれさま? 違う。激励している。
そんな能天気な色合いで見送られても、ひとつも嬉しくはなかった。まだ、一仕事残っている。愛紗実が飲みに誘ってきたとき、付き合えばこの仕事から逃れられるかも、と一瞬気持ちが揺らいだくらい、気が乗らない仕事だった。
愛紗実の顔を見ずに固辞をした。普段、ボタンは留めないことの方が多いが、備えられている全てを結んでしまう。
「もしかして室長とデートですか」
「シンガポールにいるのに?」
「ですよね。なので海外出張でさびしくて、そろそろフェイスタイムとか」
「行きましょうか」
最終的には無視をして、バッグを肩にかけると、
「……手。洗わなくていいんですか?」
自分もコートを着終えた愛紗実が、レストルームの案内プレートを指さした。
肩をすくめて首を振る。
「へえ、やさしいんですね。……そりゃモテるはずだ」
幹部が多英には握手を求めて来たのに、愛紗実には求めなかったことを言っているのだ。
飲んでいるときも、喋っているのは愛紗実なのに、幹部の興味が完全にもう一人の女の方へ向いていたことには、彼女自身も気づいていたはずだった。木組みの椅子に座る脚がカウンターの陰で左右二組並んだことだろうが、愛紗実のスカート丈のほうが短いにもかかわらず、目線が向けられた回数もまた、明らかに少なかった。
いわゆるスケベオヤジが相手なのに、食指も鑑賞も握手もなかったことが面白くないのだろうか。やはり、こんな子と飲みに行ったって何一ついいことはない。
「それじゃ。藤枝さんがいてくれて本当、助かったわ」
挨拶を聞かず、一人でタクシーへと乗り込む。
「新宿西口まで」
「首都高からでよろしいですか?」
「……。どうぞ」
タクシーがホテルのロータリーを巡ると、レインボーブリッジが窓を流れた。それからテレビ局、そして大観覧車。
観覧車は夜闇の中に、くるりと時計回りの模様を浮かばせた。手を振っているように見える。おつかれさま? 違う。激励している。
そんな能天気な色合いで見送られても、ひとつも嬉しくはなかった。まだ、一仕事残っている。愛紗実が飲みに誘ってきたとき、付き合えばこの仕事から逃れられるかも、と一瞬気持ちが揺らいだくらい、気が乗らない仕事だった。