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姦譎の華
第30章 30
30


 記憶を掻き消す轟音が、頭上をつんざいた。腹に書かれたロゴが読み取れるほどの高さを、ライトを点滅させながら機影が去っていく。

「うわー、やっぱさっぶいねー。はやくはやく」
「あの、愛紗実さん……ここ、駐禁です」
「もー、男がそんな細かいこと言わないの。どーんとしてないと、女の子にモテないぞー」

 愛紗実は小さく足踏みをして手招きをすると、おどおどと辺りを見回している男の子の鼻を抓った。応接室での態度とはまるで違う。楽しく胸躍らせているというよりは、努めて軽薄に振舞っているように見えた。

 社屋を連れ出されると、公園の前に駐まっていた大型ミニバンのスライドドアが自動で開き、運転席から見知らぬこの男の子が振り返っていて驚かされた。

「安心して。この子もハプバーでぜーんぶ見てたから」

 愛紗実は助手席に乗り込み、彼もまたこちらを見て驚いているのを軽く肘鉄して出発を命じた。まだ免許を取ったばかり、しかも夜の運転は初めてなのだと訴える男の子を優しくナビゲートして、何とか新宿からこの人工島まで辿り着いた。遮る物のない空間を北風が跳梁し、歩道の上では木の葉がいくつも錐揉みしている。何時間か前に来た、主人を見送った海辺。そこへまた、やって来たのだ。

 角を曲がってきた車がそばを通る。周囲は小さな工場ばかり、街灯も疎らで薄暗く、歩道をゆく異様な一行が目に入らなかったのか、スピードを落とすことなく去っていく。

「どこ……、行くんですか?」
「んー? 夜景デート。前にそこの公園に意識高い系の奴らとのバーベキューで来たことあるんだ。意識高いくせにめっちゃつまんなかったけどねー」

 愛紗実は男の子の腕を絡め取り、寒さに肩を揺らし寄り添い歩いている。しかしこれをデートだとみなす者はいないだろう。密着する二人の間から長いチェーンが伸び、自分の首元へと繋がっている。少しでも歩みを緩めると、両脇の中年たちが先を促してくる。
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