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姦譎の華
第30章 30
 自分は、いったいどうなってしまうのだろう。

 愛紗実にくっつかれて歩く男の子は、突然新宿まで呼び出されようが、首輪を付けた女が乗り込んでこようが、夜中に湾岸まで導かれようが、たじろぎはするものの全く愛紗実の言いなりだった。島尾と稲田もまた、応接室を出る際にズボンを履く時間は与えられてもコートを着る時間は与えられず、スーツだけで寒い思いをしているだろうに、祭壇へ生贄を運ぶ従者のように粛然と追陪している。

 皆が、おかしくなっていた。

(はあっ……、ああ……)

 コートの中へ隙間風が入り込んでくると、燠火と燻っている体が赫灼とし、一歩踏み出すごとに脚がもつれかかった。追いていっても悪いことしか待ち構えていないにもかかわらず、鎖の牽かれる方向へ従順にパンプスを鳴らしている。

 この中で、誰が一番おかしくなっているかと言えば、自分なのかもしれなかった。

「あ、コンビニ。ちょっと寄りたい」

 行く先に煌々と浮かぶ建物があった。防犯上の理由か、必要以上に明るい。

「い、いや……」

 眩しい光に眼膜を刺激され、ようやく多英は足を止めて鎖を一直線に張った。

 すぐに愛紗実が振り返る。
 男の子へはしゃいでいたのが嘘のように、無表情にツカツカと近づいてきて、振り抜かれた手のひらが派手な音を鳴らした。

「……次はグーでいくから」

 余燼がジリジリと頬に痺れ、口の中に金気を感じた。拳でいくと言ったからには、次、抵抗すれば、愛紗実は斟酌なく撲打を浴びせてくることだろう。もう一度、ピンと鎖が張られると、右足が従順に前へ出る。

「ここで待ってて」

 男の子と二人を歩道に残し、愛紗実と二人きりでコンビニへと向かわされる。店舗が近づくにつれ、黄泉から還り来たように周囲の事物が瞭然となっていく。広い駐車場には車は一台も駐まっていないが、コンビニが無人であるはずがなかった。牽引される贄女が自動ドアに浮びあがってくると、眩暈を感じるほどの妖しい昂揚が内身を一層火照らせた。
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