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姦譎の華
第30章 30
「イラシャ……」

 商品補充をしていた南亜系の店員は、鳴り響いたメロディに条件反射で挨拶をしたが、入ってきた客の異様さに語尾を消した。目で追うなと言うほうが無茶だろう。いかにも小綺麗なOL然とした女が腕組みをしたまま入ってくる。問題はその後ろ、背丈で上回るもう一人の女が首輪を付けて項垂れ歩いている。その様子が、雑誌の並んだ後ろの広いガラスに映っていた。

「……それ」

 多英は左側を見ないようにして愛紗実の踵を追っていたが、不意に、指先が視界に割り込んできた。

 冷蔵庫の前だった。ストレートティーが差されている。
 扉を開けて手を伸ばすと、すぐに鎖が下方へグイッと引かれた。

「違うってのバカ。下だよ下」

 たしかに指された物を選んだつもりだったが、もう一度指先を見てみると、先ほどよりも大きくズラされていた。何も言い返さず、ともすれば地に付いてしまいそうな膝を鼓舞して脚を折る。コートの中からニチリと小音が聞こえたのを嘲謔するような冷気を顔に浴び、ネイルの延長線上にあると思しき品物を取り出した。

 本当にコレが指されたのかは、自信がなかった。
 およそ愛紗実が所望するとは思えない、1リットルのミネラルウォーター。フラつきながら立ち上がると、つっと間合いが詰められる。

「や……、で、でも……」

 しかし後ずさる多英に伸びてきた手は、コートの一番上のボタンを毟った。

「間違えた罰だ。前、全部外せ」
「だ、だって……」
「さっき言ったこと、もう忘れた?」

 顔前に拳を掲げられる。

 レジへと戻った店員は、ヒソヒソと話す不穏な客の様子を絶えず見張っていた。鎖を牽いていた女が、牽かれていた女を殴り飛ばしたなら、さすがに見ているだけでは済まないだろう。

(うく……)

 多英は鼓動の痛みに喘ぎそうになりながら、ペットボトルを脇に抱え、残りのボタンを外していった。外気が内に入ってきて肩がいかり、襟にあしらわれたファーの毛先が耳下を擽る。

「手、うしろ」
「……?」
「手だよ手。後ろで組め」

 ボタンを解き終えると、愛紗実がペットボトルを奪い取っていった。

「あっ──」

 こわごわと袷から指を離したが、腕を後ろへやると思いのほか身頃が引き寄せられて、つい戻しそうになり、
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