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姦譎の華
第30章 30
 ペットボトルが動くと負荷が増大するのだが、背後から聞こえる不機嫌な声に頷いてみせた。

「煙草の種類も知らないでよく社長秘書が務まるね。『美人すぎる秘書』なんて言われてんのに、なっさけない」
「ウーッ!」

 次は横、遠心力に苦しみながら懸命に首を振るった。

「アノ……、ダイジョブデスカ?」

 しかし湾岸地域で夜勤をしている海外の青年は、さっきから鬼哭じみた声しか出すことができない女の正体を知らず、ただ心配をしてくれただけだった。

「あはっ、自意識過剰すぎない?」
 愛紗実が隣に立つと、「お兄さん、気にしないでね。この女、こういうのが好きなの。ま、そういうアレだから。ええと、45番ね。ライターもちょうだい」
「……ハイ。……ハッピャク、ヨンジュウ、ロクエン、デス……」

 店員は年齢確認も自分で押し、レジ横にあったライターも含め全部をバーコードに通した。差し出された五千円札を受け取り、ゴカクニンクダサイ、イチ、ニィ、サン……、几帳面にマニュアル通りの対応をしている。そのあいだにもペットボトルからは絶えず唾液が垂れ落ち、カウンターに大きな水溜りを作っていた。普段コンビニを利用するときには気にも留めない手続きが、まったくの拷問に思える。

(あっ……!)

 粟立つ脚肌の内側を、雫が踝まで伝い落ちていった。

「お釣り、いいわ。ごめんなさいね。コイツのヨダレで汚しちゃったし」
 数えさせておいて、差し出された千円札へ手のひらを見せた愛紗実は、「……ヨダレだけじゃなかった。床もね」

 指摘に導かれて足元に目を向けると、気づかないうちに、パンプスに挟まれた内側に幾粒もの水滴が落ちていた。

「見た目はこんなでも、根っからの変態なの。日本の恥だから、許してね。……ほら、あんたも謝んなさい」
「ウァ……、……フ、ヒ……フヒマヘン、レシタ……」

 あまりの呂律の悪さに、まさに愛紗実が評するとおりの女であると思える。否定したくとも。喋っているあいだに、これが証左だと言わんとばかりに、またひとすじ雫が脚を下っていく。
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