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姦譎の華
第32章 32
32


 娘から衝撃の「事実」を知らされた母は、ヨロヨロと寝室へと引っ込んでいった。しばらくしてから覗いてみると、ベッドの上で割り座となり、背を丸めて虚空を眺めている。群来する敵に囲まれて、濃煙と火柱と立ち昇らせながらも、必死に抗戦を続けている城のようだ。落城までを見届けたかったが、後ろの方まで濡れてしまった下着も早く履き替えたく、うきうきとドアの前を離れた。

 しかし部屋に入ると、そのままベッドへと潜り込んで下衣の中に手を入れた。ここまで汚してしまったのなら、どこまで汚したって同じだ。下着の上から撫ぜただけで起こる甘ったるい愉楽に包まれ、明日に訪れよう不幸に思いを馳せながら、これまでの人生で最も安らかな眠りに落ちていった。

 翌朝、起きると母はいなくなっていた。

 もう少ししたら警察がやって来るのではないか。想像が胸を熱くさせたが、歯を磨いていると、洗濯ネットの中に昨日母の着ていたブラウスが入れられていることに気がついた。リビングに戻る。普段使っているバッグもなくなっている。念のため包丁棚を開けてみたが、全員が揃っていた。

 丸腰でオッサンのところへ向かったのだろうか。安穏と眠っていた娘には手をかけずに。

 想定外の平和に、まだ湿っていたショーツが急に冷たく感じられた。警察は来ない。ベランダに留まった小鳥たちが朗らかに囀っている。テレビの朝の情報番組は、どこか知らない誰かの不幸を神妙に伝えている。しかし我が家には、何事も起こりそうにない。もはや遅刻は間違いない時間だったが、しかたなく、制服に着替えて学校へと向かうしかなかった。

 家の都合ですと伝えたら、遅刻を咎められなかったどころか、担任からは大丈夫なのかと心配された。授業に途中合流してからのクラスメイトたちの反応も、おおむね同様だった。

 推薦が決まったので、卒業までは今の成績を維持しておけばいい。つまりそこまで勉強を頑張る必要性なく、部活はやっていなかったし、生徒会は引退していた。この時期になると、いくら長閑な校風とはいえ、他の生徒たちは受験勉強に励んでいる。

『あいつから何か連絡あった?』

 オッサンへメッセージを送ったが、放課後になっても返信はなかった。
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