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姦譎の華
第33章 33
「乾燥してるし、ヨダレ出しっぱだからちゃんと水分摂らなきゃね」
「フゴッ……!」

 微笑んでいた愛紗実は、逆さにしたペットボトルをリングへと突っ込んだ。飲み口が深く捻じ込まれてくると、疲弊していた舌では防ぎようがなく、水流が喉奥に押し寄せる。

「どお? やさしーでしょ、私」
「ン……、ンブッ……、アガッ……!!」

 ペットボトルにあぶくを立ちあげて必死に喉を鳴らしていたが、突然、多英は激しくかぶりを振った。

「おいっ! 何してんだよ、ババ──」
「……ア、アーッ!!」

 愛紗実が平手を振り上げたが、身を搾られたかのような叫哭にさすがに動きを止めた。

 遊歩道はまるで氷上を這っているかのようだった。ずっとゴムの下着だけで過ごしているところに冷水を流し込まれて、たちまち終端が甘痛に沁んだ。

「アッ……」
 かじかむ十指を地面に突き立てる。「ア──」

 ゴム地は丘面をピッチリと塞いでいたが、無力だった。両側から奔流が溢れ出し、ももの内側を伝い落ちていく。面食らっていた愛紗実は、沿い切れなくなった流れが直接アスファルトを叩き始めると、

「あはっ、マジかよババア」

 小跳ねがかからないように数歩後ろに引いた。

「アゥ……」

 泄流はまだ続いていたが、四人が取り囲む中でブルッと打ち震えた多英は、腕をも折って地に顔をついた。リングから漏れ出た舌先に、革を伝ってくる塩辛さを感じる。

 まだ、施設の職員は必死になって連絡を取ろうとしているのだろうか。
 母に、何かあったのにちがいなかった。

 ただの風邪だと思っていたのに、数日経ても容態は快方には向かってはいなかった。娘ならば急ぎ現地へ赴くべきところなのだろうが、多英は仕事を理由にして園に任せきりにしていた。担当は、近々系列の病院へ移すと言っていた。しかし、こんな時間に連絡をしてくるということは、転室を前にして何か重大な事態に陥ったのかもしれなかった。
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