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姦譎の華
第33章 33
「……おいこら、なに勝手に取ってんだよ」
「そんなこと、ないわ……」

 当然、愛紗実の声が不興に濁ったが、振り返ると、睨みつけてはいても片足がわずかに後ろへと下がっていた。

「……なに? 口ごたえするの?」
「だって私は……キレイだもの。私は、藤枝さんより、キレイだわ。とても」
「は? 何言ってんだ、おまえ。自分でキレイとか、イタいこと言わないでよ」
「そう思う? ……本当に、そう思うの? 私は、あなたよりもずっと、名前が知れてるじゃない。『美人すぎる秘書』だなんて、藤枝さんは、言われたことがないでしょう?」
「ダッサ。そんなの言われて喜んでるから──」
「そう。嬉しいわ。だから私が、仕事を調整したほうがうまくいくし、雑誌の取材だって来るの。あなたではそうはいかないもの」
「……っ! だからそれは、お前が騙してやがったからだろっ!!」

 美しくあることは秘書の責務だ。そして生きていくための糧だ。

 だから、あれから、瞼を切ったのだ。

 鼻の肉を削ぎ、顎の骨も削った。胸乳にもヒップにも、体の至るところに針を刺し、得られた肉体を維持するためには定期的に検診を受けなければならなくとも、崩落を防ぐためには筋肉を維持しなければならなくとも、何ら苦とせずやってきた。必要なのは努力だけではなかった。歳を重ねていくにつれ、官僚に渡すよりもずっと、金が必要だったのだ。

「このババアッ!」

 平手が飛んでくる。これまでとは違って、苦し紛れという言葉を翻訳したような弱さだったから、

「いくら撲ったって変わらない。藤枝さんが何と言おうが、私の方があなたよりキレイなの。……優等な女なのよ」

 真っ直ぐに、愛紗実を見つめ返した。

 彼女を陥れて罪から免れようとしたことも、彼女を利用して服罪を遂げようとしたことも、間違いだった。東京というところは人が多すぎ、どこへ行っても犇めいている。いつかは誰かに気づかれるのではないか、そんな危惧を抱えているのが馬鹿らしくなるほど、周囲は自分を持て囃し、人間力が上がったわけでもないのに人間性が評価され、鼻の下を引っ張られて群がった。

 そうして、美しさは意味を持ってきた。
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