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姦譎の華
第6章 6
痺れる頭の中で、自宅の押入れのクリアケースに詰まっている女物の下着たちが、全く無価値のもののように思えた。
窃盗をはたらいたことは一度もなく、仮に軒先に干してあったとしても、景色の一部として見過ごすことができる。盗みなんかしなくたって、今やネット通販を使えば、一人暮らしの中年男でも自由にランジェリーを購入できる世の中だ。
しかし、それでは意味がないのだった。
主な入手先は、ブルセラ最盛期には店舗に日参し、近ごろはネットオークションやフリマに出品されている未洗濯のものばかり。たった一度、出会い系で知り合った女の子から買おうとしたのだが、仲間と称するチンピラたちに囲まれて以来、直売はルートから外している。
蒐集当初は、肉幹を扱きまくった直後とてつもない虚しさに襲われた。なのに間を置かずして下劣な物欲が抑え切れず、新たな品を探し求めてしまう。歳をとるたびに人生の可能性が狭められていくのを実感していくうち、虚無感に反比例してコレクションの数は激増していった。
だが、給料の大半を注ぎ込んだ上に、借金までして手に入れてきた古着に残るどれとも、身いっぱいに取り込んだ空気は全くの別物だった。何と言っていいかわからない、ひたすらに鮮烈な香気だ。この世に唯一とも言える聖女の、しかもまだ御身に貼りついたままの秘布を直に吸っているのである。布地に濾され、口内へ流れ込んでくる芳醇な微粒子を讃えるのに、いまだ宛てるに適切な言葉があみだされていないのも、心の底から頷ける話だった。
「ンエ……」
歯の間から舌を差し伸ばす。擦り付けた表面には何の感覚もない。
そんな馬鹿なと狼狽した直後、喉奥が刺激されて咳き込んだ。溢れかえる唾液を呑んだつもりが、ほとんど口端から流れ落ちていく。
あらためて、涎を払拭した舌を擦り付けると、今度は表面のザラつきが布地をしっかりと捉えた。
「やっ……」
頭上から声が聞こえてくる。同時にキュッと内ももで頬を挟まれて、脳の血管がいくつか切れた心地がした。きっと聖女は、不浄が秘布に染み込んできたのを感じ、思わずかよわさが滲んだ「女の悲鳴」を漏らしてしまったのだ。
失望はしなかった。むしろ自分の舌に呼応して美声を聴かせてくれたかと思うと、不敬ながらに感動した。
稲田は恩義に応えようと、あらんかぎりに舌を伸ばしていった。
窃盗をはたらいたことは一度もなく、仮に軒先に干してあったとしても、景色の一部として見過ごすことができる。盗みなんかしなくたって、今やネット通販を使えば、一人暮らしの中年男でも自由にランジェリーを購入できる世の中だ。
しかし、それでは意味がないのだった。
主な入手先は、ブルセラ最盛期には店舗に日参し、近ごろはネットオークションやフリマに出品されている未洗濯のものばかり。たった一度、出会い系で知り合った女の子から買おうとしたのだが、仲間と称するチンピラたちに囲まれて以来、直売はルートから外している。
蒐集当初は、肉幹を扱きまくった直後とてつもない虚しさに襲われた。なのに間を置かずして下劣な物欲が抑え切れず、新たな品を探し求めてしまう。歳をとるたびに人生の可能性が狭められていくのを実感していくうち、虚無感に反比例してコレクションの数は激増していった。
だが、給料の大半を注ぎ込んだ上に、借金までして手に入れてきた古着に残るどれとも、身いっぱいに取り込んだ空気は全くの別物だった。何と言っていいかわからない、ひたすらに鮮烈な香気だ。この世に唯一とも言える聖女の、しかもまだ御身に貼りついたままの秘布を直に吸っているのである。布地に濾され、口内へ流れ込んでくる芳醇な微粒子を讃えるのに、いまだ宛てるに適切な言葉があみだされていないのも、心の底から頷ける話だった。
「ンエ……」
歯の間から舌を差し伸ばす。擦り付けた表面には何の感覚もない。
そんな馬鹿なと狼狽した直後、喉奥が刺激されて咳き込んだ。溢れかえる唾液を呑んだつもりが、ほとんど口端から流れ落ちていく。
あらためて、涎を払拭した舌を擦り付けると、今度は表面のザラつきが布地をしっかりと捉えた。
「やっ……」
頭上から声が聞こえてくる。同時にキュッと内ももで頬を挟まれて、脳の血管がいくつか切れた心地がした。きっと聖女は、不浄が秘布に染み込んできたのを感じ、思わずかよわさが滲んだ「女の悲鳴」を漏らしてしまったのだ。
失望はしなかった。むしろ自分の舌に呼応して美声を聴かせてくれたかと思うと、不敬ながらに感動した。
稲田は恩義に応えようと、あらんかぎりに舌を伸ばしていった。