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姦譎の華
第10章 10
 フロアへ入ると、まず特別応接室の色の違うドアが目に飛び込んできて、ますます上機嫌になった。奥まった社長室のセクションはセパレータが邪魔をしていて見えない。ちょっと顔を覗かせてやろうか。不自然極まりない行動だったが、気が大きくなるあまり、そんな冒険心すら頭をもたげたところで、

「島尾さん!」

 いきなり強い声で呼び止められた。
 上司にあたる男がつかつかとやってくる。

「遅刻するなら連絡を入れてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」
「ああその……、事故だったんだよ、電事故」
「路線情報には別にそんなの出てませんでしたよ。仮に本当に電車遅延だったとしても、連絡くらいはするもんでしょう」

 うるさい奴だ。

 グループリーダーになったばかりで張り切っている彼は、年上の使えない部下をうまく働かせないと自分の査定にも関わると考えてか、きちんと管理していますよ、と見せつけたい大声で叱り飛ばしてくる。

 昨日までなら、二十近くも離れた小僧に注意されたなら逆ギレを起こし、不貞腐れてその日の生産性はゼロにしてやるところだったが、

「携帯の充電も切れてたんだ。すまん。次から気をつけるよ」

 このハリキリボーイも、雑誌を見て鼻の下を伸ばしていた。いつも見下している万年ヒラ男が、当社自慢の高嶺の花とヤリまくったとは想像だにしていまい。

 そう考えると、顔を真っ赤にしている彼へ向けて素直に手のひらを立ててやることができた。

「気をつけてくださいよ。こっちだって忙しいんですから」
 拍子抜けした小僧は戸惑いをごまかすように眼鏡を上げ、「あ、それから。昨日コピー用紙の補充を指示したのに、やってませんよね?」
「あ、ああ、色々あってさ、今日朝イチやるつもりだったんだ」
「それなのに遅れるって、どういうつもりなんですか。さっき佐野事業部長からクレームがきたんです。勘弁してくださいよ、忙しいのに僕がやらされそうだったんですから。すぐやってもらっていいですか?」

 小僧がやるところだった雑用まで催促されるとさすがにカチンときたが、おりしも、特別応接室の扉が開いた。

 社長と秘書たちが出てくる。

「いいですね、よろしくおねがいしますよ?」

 話を切り上げて社長室へと向かおうとする小僧の手元を見た。
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