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姦譎の華
第10章 10
「……ソレさ、決裁押印だろ。倉庫に行く前に渡してきてやるよ」
「え?」
「忙しいって言ったじゃないか。簡単なお使いなら、俺でもできるからよ」
そう言って手のひらを差し出す。
決裁書類の押印なんて、よほど大きな案件でもなければ社長自らがすることはない。内容が報告されて承認が下っていれば、代理で押されるものだ。
秘書の手によって。
「いや……」
社長秘書にお会いできるチャンスだと思っていたのだろう、忙しぶっていた小僧はためらっていた。とはいえ邪心を厄介な部下に悟られるなんてことも、あってはならず、
「ほれ」
手を扇がせると、不承々々に書類を渡してきた。
じゃ、いってくる。機嫌よく踵を返す。
昨日だけじゃない、今日もまだ、俺はツイてる──
「きゃ……」
ほくそ笑みながら衝立を巡ろうとしたところで、ちょうど裏側から出てこようとした相手とぶつかりそうになった。驚いた時の定型文として事前に用意されていたかのような、いかにも可愛らしい悲鳴を上げたのは、さっき特別応接室から出てきた、もう一人の秘書だった。
「……何か御用ですか?」
相手が島尾だとわかると、たちまち表情を冷たくして更に一歩、身を引いている。喫煙所のギャルと同じ、ジロリとした目を向けられた。
「ああ、華村主任に、これを」
「決裁押印ですね。あとで押しておきます」
「いや、その……」
書類を渡すのは別にどの秘書だって構わない。横目で衝立の奥を見やると、電話をかけている主任秘書は、自分の姿を見つけて眉をひそめていた。
「華村さんはもうすぐ退社されますよ」
「あ?」
どういうことかと気になったが、とにかくその前に、何かうまい言い訳を考えて目の前の女を追い払わなければならなかった。
「いたいた。おーい、藤枝さん」
「あ、はーい」
そこへ遠目から、とある現場部門の本部長が呼びかけた瞬間、女は声のトーンをオクターブ単位で変え、島尾のことはほったらかしに彼の元へと向かっていった。
(すげえな)
女の切り替えぶりにも呆れるが、何も策を考えないうちから、追っ払うことができた。
やはり、ツイている。
「え?」
「忙しいって言ったじゃないか。簡単なお使いなら、俺でもできるからよ」
そう言って手のひらを差し出す。
決裁書類の押印なんて、よほど大きな案件でもなければ社長自らがすることはない。内容が報告されて承認が下っていれば、代理で押されるものだ。
秘書の手によって。
「いや……」
社長秘書にお会いできるチャンスだと思っていたのだろう、忙しぶっていた小僧はためらっていた。とはいえ邪心を厄介な部下に悟られるなんてことも、あってはならず、
「ほれ」
手を扇がせると、不承々々に書類を渡してきた。
じゃ、いってくる。機嫌よく踵を返す。
昨日だけじゃない、今日もまだ、俺はツイてる──
「きゃ……」
ほくそ笑みながら衝立を巡ろうとしたところで、ちょうど裏側から出てこようとした相手とぶつかりそうになった。驚いた時の定型文として事前に用意されていたかのような、いかにも可愛らしい悲鳴を上げたのは、さっき特別応接室から出てきた、もう一人の秘書だった。
「……何か御用ですか?」
相手が島尾だとわかると、たちまち表情を冷たくして更に一歩、身を引いている。喫煙所のギャルと同じ、ジロリとした目を向けられた。
「ああ、華村主任に、これを」
「決裁押印ですね。あとで押しておきます」
「いや、その……」
書類を渡すのは別にどの秘書だって構わない。横目で衝立の奥を見やると、電話をかけている主任秘書は、自分の姿を見つけて眉をひそめていた。
「華村さんはもうすぐ退社されますよ」
「あ?」
どういうことかと気になったが、とにかくその前に、何かうまい言い訳を考えて目の前の女を追い払わなければならなかった。
「いたいた。おーい、藤枝さん」
「あ、はーい」
そこへ遠目から、とある現場部門の本部長が呼びかけた瞬間、女は声のトーンをオクターブ単位で変え、島尾のことはほったらかしに彼の元へと向かっていった。
(すげえな)
女の切り替えぶりにも呆れるが、何も策を考えないうちから、追っ払うことができた。
やはり、ツイている。