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姦譎の華
第10章 10
 奥にある社長の居室との仕切りはすりガラスになっており、詳細はわからずとも中の様子を窺うことができた。灯りは消えているし、動いている人影はない。別の場所で会議か面会でもしているのか、部屋の主は不在のようだ。

 つまりこのセクションには、社長秘書しかいなくなった、ということになる。

 自分が近づいてくるのを見て、多英は受話器の話し口を塞いだが、

「……あ、はい左様でございます、横井様お一人でも差し支えございません。……はい、来週となりますと……」

 向こうが喋り始めたのだろう、会話に集中せざるをえなくなっている。

 つくづくツイている。

 何か落とし穴があるのではないかと怖くなってくるが、多英の傍に立つと、そんな不安は消し飛んだ。嬲ってやってからいくばくも経っていないにもかかわらず、評判の秘書は、艶麗な外面をすっかりと取り戻していた。

 今日は微光沢を帯びたグレーのスーツ。それもパンツスーツ。喉元まで閉じられたリボンブラウスに、いつもピッチリとくくっていることの多い髪は、ゆるく編んで後ろで束ねられているだけ。

 この女の心境が、選ばれたいでたちに表れていると思われてならなかった。

「はい、承りました。それではお待ち申し上げております。何かございましたらわたくしまでご連絡くださいませ。……はい、失礼いたします」

 ズボンの中でムクムクと肉茎が勃ち上がったところで、ようやく多英が受話器を置いた。肩を下げていきながら、上躯を搾るように息を吐いている。ゆったりとしたブラウスにもかかわらず隠しおおせぬ隆起を凝視し、こちらはこちらで、尖ったスーツの前を隠さずにいると、眉の間は更に険しく寄った。

「……なにか?」

 ずっと黙って視姦していたら、衝立の向こうを一瞥した多英のほうから口を開いてきた。

「社長押印です」
「ありがとうございます。あとで押しておきます」
 書類が前にあるトレイにポンと投げ入れられる。「まだ何か?」
「……へへ、そう冷たくしなくてもいいでしょう」

 口調を崩して話しかけると、

「御用が済んだのなら、おひきとり願えませんか?」

 会話を拒むように、社内システムへ今のアポイントメント結果を入力し始める。キータッチは素早くも打鍵は強く、才智の秘書にはふさわしくない。
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