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姦譎の華
第11章 11
 線表通りなら一昨日には終わっていなければならなかった。しかし稲田は特に報告なく、勝手に中断していた。差異なんか出ないとわかっている検証よりも、アクセスログと出納履歴を突き当てていくほうがよほど重要だったし、やりがいを感じずにはいられない作業だったのだ。

「いい加減にしてくれ。これで本番が遅れたら誰の責任になると思ってるんだ」

 ならあんたがやれよ……しかし稲田は反駁を呑み込み、首を縦にも横にも振らず、曖昧な返事をしただけだった。

 屋号に入社時の社名が残っていた頃、まだ下っ端ではあったが、システム部門は花形だった。大学卒業時に遭遇した就職難は、新世紀を控えたこの分野でだけは例外で、専修でもないのに趣味で触っていた先見の明を自惚れてしまうほど、IT知識は特殊技能として重宝された。次々と電算化されていく業務に日々多忙を極めたが、若かったということもあり、なおかつ、これは俺にしかできないという自負もあり、連勤する日々が続こうが、残業時間をごまかされようが、さして苦痛ではなかった。

 けれども全ての業務のシステム化が終わり、西暦の上二桁も大過なく増えて状況が変わった。IT費は企業にとって投資ではなくコストと見なされるようになり、しかも稲田が若年期を賭して取り組んできた作業は、実はやり方さえ分かれば誰だってできるものだったということが、隆盛するアウトソーシングによって見事に証明されてしまったのである。

 その時分になると、かつては大所帯だったシステム部門も減員、また減員で、年々とメンバーが減っていった。本当に優秀だった奴は技能を活かして別の会社へと移り、本当に賢かった奴はSE職を見限ってキャリアチェンジした。そのどちらでもなかった稲田は取り残され、今やシステム部は定年退職を待つ部長と、セカンドキャリアの嘱託社員が週に数日出社するだけである。人手が必要な時はバイトを雇うこともあるのだが、さすがに、販売管理データを外部の者に見せるわけにはいかない。結局は、首の振る向きが縦だろうが横だろうが、稲田がやるしかないのだった。
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