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姦譎の華
第12章 12
 御身に向かい合った瞬間、島尾に対する怒りも、聖女を前にした畏縮も、なぜ帰り支度なのだろうという疑問も、コートの下に隠れているパンツスーツ姿を間近で拝覧したい欲求にふっ飛ばされた。

「ちょっと、勝手なこと──」

 美声で峻拒されようが時すでに遅く、一つ目のボタンを外した。

「おっと、じっとしてろよ。お脱がせしてやってんだからよぉ」

 島尾が肘をとらえ、払おうとした腕を後ろで固める。

 無防備となったダブルブレストの二つ目を外すとき、指を曲げた角がコットン地の向こう側へと少し沈んだ。前から吃逆のような息がかすかに届く。三つ目を外すと、清淑としたリボンが覗き、四つ目への手を急がせた。

「はあ……」

 最後まで外し終えて厨子のごとく開帳すると、溜息をつかずにはいられなかった。

 パンツスーツは縦縞の織地がスラリとしたスタイルを一層強調していた。一見男物と変わらぬフォルムだが、広告写真に見るイケメンモデルたちと決定的に違うところは、ノッチドラペルが左右対称に、なだらかなカーブを描いているところだった。島尾の執着を内心嘲ってきたにもかかわらず、婉やかな下肢に引けを取らぬ隆起は、貧相な体格のためにいかなる背広も似合わない卑しい男の目線を惹きつけてやまない。

「よう、稲ちゃん。たまには触ってみろよ」
「……?」

 見とれている稲田の目の前に、一段と胸前が突き出される。

「憧れの秘書様のご自慢は、美脚だけじゃないんだぜ」
「で、でも……」
「いいから。オッパブの女とはモノが違うぞ」

 島尾は子供が親から買ってもらったおもちゃを、まだ持っていない友達に使わせてやる時のように得意げだった。

「あの……、では、し、失礼します……」

 稲田はコートの襟を離し、斜め下から隆起の下端へと手を添えた。

「や、やめなさ……」

 "Noli me Tangere"──何で知ったのかは忘れたが、不思議と憶えていた言葉が頭をよぎった。
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