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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
…それは…男女の性交を赤裸々に描いた浮世絵の艶本であった…。

かつて、深窓の令嬢は初夜にあたり、乳母が閨の作法をさりげなく伝授するために、こうしたあぶな絵の描かれた男女の営みの艶本を用意していた。
一ノ瀬家に仕える前は、華族の令嬢の侍女をしていた志津は、その時の心得を思い出し、密かに用意したのだろう。
それほどまでに笙子は無垢で儚げで純粋培養に見えたのだ。

志津の心遣いとも言えるその艶本の淫らな絵に、笙子は激しく動揺した。
…男女が睦み合う生々しい絵姿に怖気付き、心臓は激しく音を立てた。

…見たくない…けれど、なぜか眼はその本に釘付けになってしまう…。
どうしたら良いか分からずに、立ち竦む笙子の耳に部屋の障子を開ける音が届いた。

笙子は慌ててその本を鏡台の引き出しの奥深くへと隠した。

背中に、岩倉の良く通る穏やかな声が響いた。
「…笙子さん…」
恐々振り返る。

…そこには藍染の清々しい着物を着た岩倉が優しい笑みを浮かべながら佇んでいた。
湯上りらしいやや濡れた黒髪が額にはらりとかかり、岩倉をより男らしく精悍に見せていた。
普段の穏やかで知的な紳士的な岩倉を見知っていた笙子は、息を飲むほどに驚いた。
身を硬くする笙子に、岩倉は医師らしく気遣わしげに近づきながら、そっと声をかける。
「…大丈夫ですか?笙子さん…」
男の身体が真近に迫る。
着物に薫きしめた香なのか、清廉な男の薫りが漂う。
笙子は、心許無げな子どものように岩倉を見上げた。


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