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我が運命は君の手にあり
第5章 第五章
なぜうちには母に繋がるものが何もないのか。
子供心に訊いてはいけない事情があるのだと察知していた冴子だったが、ある日思いきって訊ねた。その際の祖母の言葉と表情で、それまで抱いていた疑念のすべてが府に落ちた。
男に貢ぎ、二つになったばかりの娘を残して去っていった女。

「さえちゃん、何も心配はないよ。これからもばあちゃんと二人で頑張っていこうね。さえちゃんは何にも悪くないんだよ。さえちゃんはばあちゃんの生き甲斐なんだからね」

祖母がいればよかった。信子だけが肉親であり、心の拠り所だった。子を捨てて男に走った女など親ではなかった。

「おばあちゃん、長生きしてね」
「さえちゃんがお嫁さんになるまでは死ねないよ」
「じゃあ結婚しない」
「困ったねぇ、ほほほほ……」

結婚は他人事。自分に温かい家庭など持てる筈がなかった。人は裏切る、腹を痛めて産んだ子供でさえ容易く。その後の事など考えもせずに。
私もそうだろうか……

「旦那様にはくれぐれも失礼のないようにね。あの人には足を向けて眠れないよ」
「心配しないでおばちゃん、ちゃんとわかってる」

赤い折り紙を裏返す信子の手はしわだらけで、血管が浮き出て茶色いシミが目立つ。それは冴子に愛を注ぎ、必死に育ててくれた人の手だった。冴子を裏切ったことのない唯一の手だった。

「おばあちゃん、……ありがとう」
「うんうん、うまく折れたね、上手上手」
「ふふっ、おばあちゃんの教え方が上手なんだよ」


剛介からの着信を確認すると、信子の部屋を後にした。
私は誰かを裏切ってきただろうか。たとえ裏切っていたとしても、大切な家族を置き去りにはしない。幼い私は泣いただろう。我儘を言って祖母をどれだけ困らせただろうか。祖母は裏切れない、守らなければ。

冴子は心に誓い、エントランスに停まっている車の後部ドアを開けた。


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