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我が運命は君の手にあり
第12章 第十二性
取材を嫌った理由は他にもあった。冴子は退職を考えていた。
遼がアパートに来た日、キッチンの戸棚には、以前染井に貰ったマグカップも置かれていた。遼にそれが分かる筈はなかったが、湯呑みに気付かれて必死に取り繕ううち、戸棚のマグカップまでが気になり冷静でいられなくなっていた。
「秋津さん、業者さんへの振り込みなんだけど、銀行いけそう?」
「はい、準備できてます」
冴子は立ち上がった。
「お願いします、気を付けてね。傘を持っていった方がいいわよ」
「はい、いってきます」
彼女は焦った。僅かな綻びが思わぬ事態を招く。事実を知って苦しむのは遼だ。知られたくない。このままではきっといつか……
今のうち、何ひとつ疑われていないうちに辞めなければならない。だがホテルオープンまでは多忙が続き、同僚に迷惑がかかる。それでも、せめて秋には……
辞めていく人間に取材は必要ない。自分の痕跡などどこにも残したくなかった。
鼠色に染まった梅雨空が、冴子の気持ちをさらに沈ませた。
遼がアパートに来た日、キッチンの戸棚には、以前染井に貰ったマグカップも置かれていた。遼にそれが分かる筈はなかったが、湯呑みに気付かれて必死に取り繕ううち、戸棚のマグカップまでが気になり冷静でいられなくなっていた。
「秋津さん、業者さんへの振り込みなんだけど、銀行いけそう?」
「はい、準備できてます」
冴子は立ち上がった。
「お願いします、気を付けてね。傘を持っていった方がいいわよ」
「はい、いってきます」
彼女は焦った。僅かな綻びが思わぬ事態を招く。事実を知って苦しむのは遼だ。知られたくない。このままではきっといつか……
今のうち、何ひとつ疑われていないうちに辞めなければならない。だがホテルオープンまでは多忙が続き、同僚に迷惑がかかる。それでも、せめて秋には……
辞めていく人間に取材は必要ない。自分の痕跡などどこにも残したくなかった。
鼠色に染まった梅雨空が、冴子の気持ちをさらに沈ませた。