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魔法使いの誤算
第1章 /1
誤算だった。
期間限定で販売されていた香水が2年ぶりに復活し、世に出回り始めた。
それを知らずに俺は夕日を百貨店に連れてきてしまった。
香水が好きな夕日はその香水に食いつき店員に勧められるままサンプルの香りを嗅いだ。
俺が目を離している隙に、その臭いは夕日の記憶の鍵穴に鍵をさした。
完璧に油断していた。
そして危機感が薄れていた。
いつ、どこで、何が、夕日の記憶と心を刺激するのかと言う注意と恐怖を俺は忘れ掛けていた。
だからしくじった。
たかだか50mlの液体に脅かされた。
この2年間の幸せを。
愛しい夕日を。
作り上げた俺と夕日の日々を。
大きなどす黒い"恐怖"と言う波が俺を呑み込もうとしている。
抹消したはずの"あいつ"が再び夕日の記憶に蘇ろうとしている。
息を吐き、手を伸ばし、口を開いて夕日を俺から奪おうとしている。
血の気が引くとは、まさにこの事だ。
手足が痺れて冷たくなるのが分かる。
呼吸器官が縮まり上手く呼吸ができない。
俺は夕日の目を見つめてこう言った。
「夕日はこの臭い、嫌いだよね?」
すると夕日は一瞬死んだ魚の様な目になり、コクンと萎びた花のように頷いた。
そして数秒後にはニッコリと笑いながら顔を上げ、ビー玉みたいな目を俺に向けた。
「何か気持ち悪くなってきた。私この臭い合わないみたい」
眉間にシワを寄せながら夕日はそう言い、別の香水へと興味を移した。
俺は夕日に嫌いだと"思い込ませた"香水を手に取った。
薄ピンク色の気色悪い液体。
薔薇の花蕊を抽出して作った嫌な臭いの香水。
花蕊の臭い。
俺は舌打ちをし、小さな声で呟いた。
「殺しておけば良かった」