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Seven
第5章 縮まる距離、開く距離
「やっと終わった……」
なんとか定時内に仕事を終えることができた。この後、雪さんとスポーツジムに行く予定なのだが、雪さんの席に彼の姿はない。終業時間まで残り十五分。もう帰ってしまったのだろうか。時々、彼は時間前に帰ってしまうことがある。
「お疲れー」
「お疲れさまです」
隣の席の栗木さんと挨拶を交わした。「少し早いけど、先帰るね。保育園から、お迎いに直ぐ来てって連絡あったから」お子さんの体調が優れないようだ。「お大事にしてください」「ありがとう!」世のお母さん方は皆、家族のために頑張っている。仕事と家庭を両立している栗木さんの後ろ姿は逞しく、かっこよく映った。
定時になり、続々と社員が帰っていく。しかし、雪さんの姿はないまま。やはり、先に帰ったのかもしれない。これ以上、待っていても仕方ない。私も帰ろう……。
部署を出て、エレベーターまでの通路を歩いていると、喫煙所から話し声が聞こえてきた。喫煙所といっても駅などで見かけるガラス張りの個室ではない。会社では、空いていた部屋を【喫煙所】にリメイクした。そのため、外側から中の様子は伺えない。
「ねぇ、私は本気なんだけど」
「その話なら、もう終わっただろう?」
「そう……。貴方にとって私は大勢の中の一人だったのね」
「……お前だって、あの時は【遊び】だったでしょ? 今さら、本気とか言われても困るんだよ」
「酷い人」
「何とでも言えば? それにさ──体の相性って大事だと思うんだよね。抱いてみて分かったけど、アンタとしても全然気持ちよくなかった」
中から聞こえてきた生々しい会話に思わず足が止まってしまった。でも、本当はそれだけじゃない。扉の外に微かに薫る香水の香り。──雪さんと同じ香り。
男性の話し方も雪さんに似ている。胸が押し潰されるように痛い。やっぱり、彼は遊び人なんだ……。