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僕の美しいひと
第1章 春の野良猫
郁未は優しく口を開いた。
「清良とはどういう字を書くの?」
一瞬戸惑い、仏頂面で空に字を書く。
「清らかに良い。…なんだよ、柄に合わないって思ってんだろう?」
首を振り、微笑みかける。
「いい名前だね。誰が付けたの?」
「亡くなった母さん。…でも、多分別の人が付けたんだと思う」
ぽつりと呟く様子に、郁未は眉を寄せる。
「なぜそう思うの?」
清良が肩を竦める。
「母さんは字が書けないからさ。
…字が書けない母さんが、漢字の名前を付けられるはずがない。
…多分、名付けてくれたひとはほかにいたんだと思う」

…そう言いながら清良はブラウスの襟を解き、そのほっそりとした白い首すじから金鎖で繋がれたカメオのペンダントを外して見せた。

少女の美しく隆起した胸元が柔らかく揺れるのを少しどきどきしながら、ペンダントを受け取った。

…縁に繊細な銀細工が施された聖母子像が刻まれた大ぶりのサーモンピンクのカメオであった。
「見事なカメオだ。…これは?」
「母さんの形見。
…亡くなる前にあたしに母さんが渡したんだ。
これだけはどんなことがあっても、手離すんじゃないよ…て。
…それから…ごめんね…て。
だから、これはあたしの宝物なんだ」

温かなココアの入ったカップを清良の前に置き、笙子は慎重に口を開いた。
「…お母様はどうして貴女に謝られたのかしら…?」

少し考えたのち、清良は答えた。
「これはあたしの推測だけど、母さんはどこかの金持ちの愛人だったんじゃない?」
郁未と笙子は小さく息を飲んだ。
「その旦那があたしの名前を付けて、母さんに手切れ金代わりにこれを渡したんじゃないの。
で、母さんはあたしを父無し子にしたことを謝ったんだと思う。あと超貧乏で苦労させたこと?」
「…君…」
清良はさらりと笑った。
「母さんはあたしを一生懸命育ててくれたし、優しかったし、恨んじゃいないよ。
…けど、やっぱり子どもが一人で暮らすのは大変だったよ…。
母さん、あたしのこと悲しんでいるかな…」

…それはこれまでの少女からは想像できないような、胸が突かれるような孤独感に満ちた哀しげな声であった。








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