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僕の美しいひと
第1章 春の野良猫
…岩倉千紘は、帝大医学部の教授であり、精神科医でもある。
妻の笙子が鬼塚の妹だという縁から、この学院が設立した当初から多大な尽力を寄せてくれている寛大で温厚な人格者だ。

年は四十過ぎくらいだが、若々しく眼を惹くスマートな美男子であり、実家は京都の繊維会社を経営する裕福な家で、笙子とは劇的な出会いをし、そのまま電撃的にプロポーズをして、その日のうちに京都に連れ帰ってしまったという情熱家でもあった。

二人には六歳になる一粒種の春海がいるが、未だに大恋愛中の恋人同士のように仲睦まじい。
…特に、岩倉の笙子への愛情は側からみても並々ならぬものがあるようだ…。

「千紘さん、申し訳ありません。わざわざお迎えに来ていただいて…。タクシーを拾いましたのに…」
恐縮する笙子の髪を優しく撫でる。
…傍らに郁未がいても全く気にしないようだ。
「家に連絡したら、奥様はまだ学院だと聞いてね。
ちょうど私も一区切りついたので、一緒に帰ろうと思っただけですよ」
笙子を見つめる眼はまさに恋情の眼差しであった。
「ありがとうございます。…春海はお利口にしているかしら…」
岩倉は、笙子の白い頬をそっと優しく摘んだ。
「お母様がお仕事していらっしゃるから、僕も宿題を頑張ると、課題に取り組んでいましたよ」

郁未が軽く咳払いをしながら、言葉を挟む。
「今夜は突発的な出来事がありまして、笙子さんにご協力いただいて本当に助かりました。夜分遅くになって申し訳ありません」
岩倉は眼鏡の奥の瞳を細めた。
「新しい生徒さんですか?」
「はい。…かなり手強い女の子で…苦労しました」
苦笑する郁未に、笙子は言葉を添える。
「とてもお綺麗な方なのです。眩いばかりでしたわ。
…私、あんなにお美しい女の子を初めて拝見しましたわ」

岩倉は、ほう…と一瞬驚いて見せたがやがて愛おしみのみが詰まった眼差しで笙子を見つめた。
「…それはそれは…。
けれど私には笙子さん以上にお美しいお方はこの世には存在しませんからね。
貴女は何年経っても私を魅了し続ける…」
「…まあ、千紘さん…。恥ずかしいですわ…。
郁未さんの前で…」
構わず岩倉は、笙子の白い手を取りキスを落とした。

…二人の甘く濃密な愛の情景に、郁未は当てられっぱなしだ。
郁未はわざと二人を急き立てた。
「さあ、もうお帰り下さい。熱々すぎて独り身の僕には目に毒ですよ」


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