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僕の美しいひと
第4章 真実と嘘
「ごめんあそばせ、高遠様。息子の郁未の紹介がまだでしたわね。
大変失礼いたしました」
婉子がのどかに明るく、郁未を夫妻に紹介した。

夫妻は和かに郁未と挨拶を交わした。
帝大で物理の教授をしているという高遠侯爵…高遠義彦は五十路前ほどの穏やかな品のあるハンサムな紳士だった。
「お父上からお話はよく伺っておりますよ。
孤児院と学院も設立され、生徒さんたちの教育と自立に情熱を傾けておられるとか…。
お若いのに実にご立派でいらっしゃいますね」
「ありがとうございます。まだまだ至らないところばかりですが、生徒たちの成長に励まされております」
やや照れながら答えると、傍らの夫人が優しく微笑みかけてきた。
「ご立派ですわ。郁未様によって救われたお子様はたくさんいらっしゃるでしょうね。
崇高なお仕事ですわ」

夫人…高遠伊津子は、近くで見ると目を奪われるほどに美しい貌立ちをしていた。
四十路半ばに差し掛かった頃だろうが若々しく、その黒瑪瑙に似たしっとりと黒い瞳が美しく、目鼻立ちが端正に整っている。

…郁未は最近、社交界に貌を出していなかったとはいえ、これほど美しい夫人を知らなかったのは意外であった。
彼女が長いこと那須で静養していたというのも理由かも知れない。
そして不思議なことに、この夫人にどこか心惹かれるものを感じていた。
…初めて会ったばかりなのに…なぜだろう…。

「…あの…失礼かも知れませんが…。奥様がどことなく哀しそうにしておられたのが気に掛かりまして…。
何がご心痛がお有りなのですか?」
お節介とは思いつつも、郁未は話しかけた。

すると伊津子は驚いたように眼を見張り…そして素直に頷いた。
「…ええ…。私…こうしてお若いお嬢様方をたくさん拝見していると…つい思い出してしまうのです…。
…昔の…余りにも辛い出来事を…」
高遠侯爵が眉を顰め、妻に気遣わしげに声をかける。
「伊津子…。その話はもう…。君が辛くなるだけだ…」
…何か深い事情がありそうだな…。
郁未は、思い切って尋ねた。

「よろしければお話しいただけませんか?
微力ながらお力になれるかも知れません」
伊津子は郁未の瞳を見つめ、寂しげに微笑んだ。
「…そうですわね…。
ここでお会いできたのも何かのご縁かも知れません。
…聞いていただけますか…。私の…私たち夫婦に起こった不幸な事件を…」

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