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僕の美しいひと
第4章 真実と嘘
…その夜、清良はなかなか寝付けなかった。
自分の実の両親と言う人たちは如何にも上流階級の上品な夫婦だった。
高遠侯爵は美丈夫な紳士だったし、夫人は、美しく臈丈た貴婦人だった。
絵に描いたような…清良には雲の上のような夫婦だった…。
…そんな紳士と貴婦人をいきなりお前の父親と母親だと言われても、素直に慕わしい気持ちにはなれなかった。

…だって…あたしの母さんは一人しかいないと思っていたし…。
清良の母、菊乃は特別美しくもなかったし賢くもなかった。
伊津子のような品はなかったが、清良には優しかった。
貧しい生活の中でも、自分は我慢しても清良には何とか食べさせようと努力してくれた。
嫌な思いをしたことは一度もない。
だから、菊乃が亡くなった時、清良は何日も泣き明かしたほどに悲しかった。
心細かった。
唯一の母親だったのだ…。

…その母親が…実は自分を高遠夫妻から奪い、復讐しようとしていたなんて…。

…母さん…。
母さんは、あたしが憎くてあたしを奪ったの…?
清良はため息を吐いた。

…ふと、今日初めて会った美しいひとの面影がよぎる。

清良が高遠家に行かないと告げた時、伊津子は一瞬とても淋しそうな眼差しをした。
とても胸が痛んだ。
けれど、伊津子はすぐにこう言った。
「分かったわ。清良さん。
…それなら私がこちらを訪ねるのは良いかしら?」
「…え…?」
見上げる瞳には、溢れるような愛おしさに満ちた伊津子の貌があった。
…伊津子の白い手が、清良の手を包み込む。
「…毎日、会いに来ても良いかしら?
…いいえ。会いたいの…貴女に…」
その美しい黒い瞳には、ひたむきな愛と意思を感じた。

…あのひとの手…綺麗だったな…。
白くて絹みたいに滑らかでいい匂いがして…。
…母さんの荒れた傷だらけの手とは大違いだった…。

…でも…。
自分の手を握りしめる。

…すごく…温かい手だったな…。
清良はぎゅっと眼を閉じて、頭からブランケットを被った。

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