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僕の美しいひと
第4章 真実と嘘
清良の部屋に伊津子を招いたのは初めてだった。
いつもは学院の食堂や、郁未の家の客間で会っていたのだ。

「…お茶を…淹れます…」
寮母から借りてきたお茶道具で、煎茶を淹れる。
その手際を見て、伊津子が感心したように声を上げる。
「ありがとう、清良さん。
お茶を淹れられるのね。すごいわね。
私なんか、貴女の年には何もできなかったわ」
「へ?」
「お湯も沸かせられなかったの。だから清良さんはすごいと思うわ」
無邪気に感心する伊津子に清良は苦笑いする。
「…あんた…じゃなくて…伊津子さんは、本当にお嬢様なんですね」
まだ母とは呼べない清良を、伊津子は咎めるわけではなく、話すことがただ嬉しい様子だった。
「私は不器用だったから。義彦様によく心配されたわ。君に何かあったらと考えると仕事にならないから、頼むから何もしないでくれ…て。
だから未だにお料理は得意ではないの…。恥ずかしいわ」
夫婦仲睦まじい様子が目に浮かんだ。
絵に描いたような美しく裕福な夫婦…。

…もし、あたしがあのままこのひとのもとで何事もなく育っていたら…あたしは今頃どんな少女だったのだろう…。
貴族の令嬢として何不自由なく育ち、名門の女学校に通い、富裕な友人に取り囲まれて…。
時には豪華なドレスを着てこのひとと一緒にお茶会や夜会に出て…。
…想像してもぴんとこないけれど、そんな人生もあり得たんだな…。

…考えても仕方ない。
ただ…。
今、目の前にいるこのひとの自分に対する愛情は、痛いほどに感じる。
…そして、それをしみじみと嬉しいと思えるようになってきたのだ。

「…でも、伊津子さんのお料理は美味しいですよ」
清良の率直な言葉に伊津子は驚いたように眼を見張り…不意に涙を零した。
「ど、どうしたんですか?」
慌てる清良に伊津子は懸命に笑顔を作り、涙を払った。
「ごめんなさいね。…嬉しくて…。
清良さんが優しい良い子で…本当に…嬉しいの…」
「…伊津子さん…」
涙に濡れた、伊津子の瞳が真っ直ぐに清良を捉える。
「…菊乃さんが、貴女をそう育ててくれたのよね…」
「伊津子さん…」
「貴女を無事に育ててくれた…私はもう恨んでいないわ」

伊津子の言葉に清良はまるで堰を切ったかのように泣き出した。
伊津子が黙って清良を抱き締める。
…温かな温もりと柔らかな香の薫りを感じながら、清良はいつまでも泣き続けた。





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