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僕の美しいひと
第1章 春の野良猫
…笙子さんがいてくれて、良かった…。
郁未は院長室の椅子に深く腰掛け、深いため息を吐いた。
笙子は良家の夫人ながらとてもよく気が利き、優しく聡明な女性だ。
兄の鬼塚は笙子を溺愛と言ってもいいほどに可愛がっているし、夫の岩倉は未だに笙子を深窓の姫君のように大切に尊重し深く愛している。

愛されている人間特有の輝く自信が笙子にはあるが、一方で彼女自身の複雑な少女時代も影響していた。
笙子には幼い頃の陰惨な事件の被害者という一面があり、その苦しみから乗り越えた経験が彼女を強く存在させているのだ。

自分のような不幸な子どもを一人でも救いたいという意思から、生徒たちへ深い愛情を注いでいるのだ。
学院の生徒たちも、特に女子は郁未や鬼塚には話しにくいことを笙子に相談しているようだし、笙子も親身にそれを受け止め、真摯に応えようとしていた。

…笙子さんには助けられてばかりだな…。
温かな微笑を浮かべる。

…それにしても…と、郁未は先ほどの少女…矢木清良に思いを巡らせる。

一体、どんな少女なのだろう。
タクシーの中で聞き出せたことは、父親は生まれた時からおらず、母親は三年前に亡くし、孤児であるということ。
それ以来、一人で生きてきたということだった。

…蓮っ葉で下品な言葉遣い…態度も横柄だ。
しかし、どこか品と知性を感じるのは気のせいだろうか…。
…それに…

自分をプライドの高い野生猫のようなきつい眼差しで睨みつけた面影がよぎった。

…薄汚れてはいたが、大層綺麗な貌立ちの少女だった。

郁未は首を振る。
…とにかくじっくり話を聞いて、この学院に入るように説得しなくては…。
あのまま野放しにしたら、また悪事に手を染めるに違いない。

郁未は唇を引き結ぶと、新たな資料を作るべく立ち上がった。
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