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僕の美しいひと
第6章 すれ違う想い
池田山にある高遠侯爵家は、素晴らしい邸宅だった。
若い頃、英国のオックスフォードに留学していた経験がある侯爵の好みなのか、ヴィクトリア朝の建築様式の建物や装飾はとても細密で趣味が良く、取り分け素晴らしいのは広大な英国式庭園であった。
涼風が吹き、透明な秋の夜の空気に包まれた美しい庭園には、イングリッシュローズが色鮮やかに咲き乱れていた。
宵闇の中、美しい薔薇の香気が柔らかく漂ってきた。
郁未は母、婉子と兄の賢一郎と共に屋敷の玄関ホールに足を踏み入れた。
賢一郎は父の名代として同行したのだ。
広いエントランスでは、驚くほどに大勢の招待客たちが賑やかに談笑している。
…どの貌も見覚えのあるいわゆる上流階層のお歴々ばかりだ。
戦後間もないというのに、全く窮した様子もない着飾ったドレス姿や、煌びやかな和服姿の夫人たち、そして極上の正装に身を包んだ紳士たち…。
…これだけの名だたる家柄の人々が一堂に集まることはめずらしい。
驚く郁未に
「…高遠侯爵家は名門だからな。
それに…侯爵の赤ん坊が誘拐された事件は当時、大変な話題になった。
そのご令嬢が十七年後に奇跡的に見つかったんだ。
皆、興味津々さ」
賢一郎が郁未に囁いた。
郁未の胸は緊張に包まれた。
…清良は大丈夫だろうか…。
こんなに大勢の格式ばった貴婦人たちや紳士たちの前で…しかも皆が清良に注目しているのだ。
「…清良嬢はどんなお方なのですか?お母様はもうお会いになったのでしょう?」
好奇心旺盛な様子で尋ねる賢一郎に、婉子はにこにこと答える。
「それはそれは眩いばかりにお美しいお嬢様よ。
あんなにお美しい方は、久しく拝見していなかったわ。
…私は清良さんを郁未さんのお嫁様に…と思ったんだけれど…郁未さんは全く興味を持たれなくて…」
「へえ…相変わらず、欲がないな」
賢一郎がにやりと笑った。
「お母様、そのお話はもう…」
…そう言いかけた刹那、人々の視線が一斉に大階段の上に集まった。
黒燕尾服姿の義彦と、藤色の地に白薔薇を描いた友禅の着物姿の伊津子に大切そうに付き添われ、清良が姿を現したのだ。
…笑いさざめいていた招待客の声が、一瞬にして止んだ。
郁未は息を呑んで、清良を見上げた。
…清良…!
若い頃、英国のオックスフォードに留学していた経験がある侯爵の好みなのか、ヴィクトリア朝の建築様式の建物や装飾はとても細密で趣味が良く、取り分け素晴らしいのは広大な英国式庭園であった。
涼風が吹き、透明な秋の夜の空気に包まれた美しい庭園には、イングリッシュローズが色鮮やかに咲き乱れていた。
宵闇の中、美しい薔薇の香気が柔らかく漂ってきた。
郁未は母、婉子と兄の賢一郎と共に屋敷の玄関ホールに足を踏み入れた。
賢一郎は父の名代として同行したのだ。
広いエントランスでは、驚くほどに大勢の招待客たちが賑やかに談笑している。
…どの貌も見覚えのあるいわゆる上流階層のお歴々ばかりだ。
戦後間もないというのに、全く窮した様子もない着飾ったドレス姿や、煌びやかな和服姿の夫人たち、そして極上の正装に身を包んだ紳士たち…。
…これだけの名だたる家柄の人々が一堂に集まることはめずらしい。
驚く郁未に
「…高遠侯爵家は名門だからな。
それに…侯爵の赤ん坊が誘拐された事件は当時、大変な話題になった。
そのご令嬢が十七年後に奇跡的に見つかったんだ。
皆、興味津々さ」
賢一郎が郁未に囁いた。
郁未の胸は緊張に包まれた。
…清良は大丈夫だろうか…。
こんなに大勢の格式ばった貴婦人たちや紳士たちの前で…しかも皆が清良に注目しているのだ。
「…清良嬢はどんなお方なのですか?お母様はもうお会いになったのでしょう?」
好奇心旺盛な様子で尋ねる賢一郎に、婉子はにこにこと答える。
「それはそれは眩いばかりにお美しいお嬢様よ。
あんなにお美しい方は、久しく拝見していなかったわ。
…私は清良さんを郁未さんのお嫁様に…と思ったんだけれど…郁未さんは全く興味を持たれなくて…」
「へえ…相変わらず、欲がないな」
賢一郎がにやりと笑った。
「お母様、そのお話はもう…」
…そう言いかけた刹那、人々の視線が一斉に大階段の上に集まった。
黒燕尾服姿の義彦と、藤色の地に白薔薇を描いた友禅の着物姿の伊津子に大切そうに付き添われ、清良が姿を現したのだ。
…笑いさざめいていた招待客の声が、一瞬にして止んだ。
郁未は息を呑んで、清良を見上げた。
…清良…!