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僕の美しいひと
第6章 すれ違う想い
庭園に面したバルコニーは広く、薔薇の薫りが夜風に乗って漂ってきた。
…美しい庭園、素晴らしい邸宅、使用人の躾もゆき届き、快適な住まいだ。
執事もメイドも皆、清良に敬意を払っているのが見て取れ、郁未を何より安心させた。

また、側から見ても高遠夫妻の清良に対する愛情は、溺愛と言っても良いほどで…特に伊津子は目の中に入れても痛くないような…片時も離したくないような可愛がりようであった。

…本当に良かった…。
清良は、これ以上ないほど幸せそうだ…。

秋風が郁未の髪を揺らす。
庭園の蔓薔薇が密やかに揺れ始めた。
…風が出てきたな…。

「…嵯峨先生…」
…懐かしい声に、思わず振り返る。

清良がバルコニーの入り口に佇んでいた。

…咲き誇る夜目にも白い薔薇よりも、清良は匂い立つように艶やかで美しかった。

一瞬見惚れ…慌てて笑みを浮かべて見せる。
「…清良さん、お久しぶりですね」
他人行儀な話し方に、清良は美しい眉を顰めた。
「そんな言い方…よそよそしくて嫌です」

郁未は周囲に誰もいないのを確認し、柔らかで親しげな物言いに戻した。
「こちらの生活は、慣れた?」
ほっとしたように頷き、嬉しそうに郁未の前に立つ。
「はい。お父様もお母様も本当に私を大事に可愛がってくださいます。
お母様は私が少しでも見えなくなると、直ぐに探しに来られるほどで…」
「…そうか…。良かった…本当に…」
…十七年の空白の年月にも、親子の血と絆は負けなかったのだ。
高遠夫妻の清良への愛情は本物だと、改めて安堵する。

「勉強はどう?」
学業半ばで旅立たせてしまったので、それも気がかりだった。
「お父様が家庭教師を手配してくださって、毎日勉強しています。
…今月からはピアノと絵画と…乗馬も習い始めました」
郁未は相好を崩した。
「高遠侯爵はインテリでいらっしゃるから、教育熱心だな。良かった…。
高い教育を受けさせていただけるのは、幸せなことだ。
…君は…これから更に眩いばかりの完璧なレディになってゆくのだろうな…」
…しみじみと呟く郁未を、清良の黒く濡れた瞳がじっと見つめた。
郁未はふと口を噤み、見つめ返す。

…違う…。
本当に話したいのは…こんなことじゃない…。

…本当に話したいのは…。

「嵯峨先生…あたし…」

…思いつめたように清良が口を開いた時、バルコニーの入り口に人影が現れた。

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