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僕の美しいひと
第6章 すれ違う想い
「清良さん、こちらにいらしたのですか?
お母様がお探しになっておられましたよ」
「…原嶋様…」
清良が振り返った。

…現れたのは、西洋人のように背が高く胸板の厚い堂々たる体躯の三十絡みの男であった。

初めて見る男であった。
…ホワイトタイに仕立ての良い極上の黒燕尾服を身につけたその男はいかにも裕福そうであり、自信に満ち溢れた雰囲気を漂わせていた。

…その貌は褐色に近いほど綺麗に日焼けしていて、濃い眉、大振りで派手に整った目鼻立ち…そしてやや分厚い肉惑的な感じさえする唇が大変に印象的であった。

南欧の血が混じっているのではないかと思うほど、日本人離れした容姿は、とても強くエネルギッシュであった。
これらの要素から紳士と評して遜色のない男であったが、その全体から感じ取れるのは凡そ紳士的なものとは程遠く…希薄であった。
どこか野生のどう猛な肉食動物を思わせる野性味を、郁未は一瞬にして彼から感じ取ったのだった。


男は郁未を認めると陽気な笑みを浮かべ、握手を求めて歩み寄ってきた。
「初めまして。原嶋哲也と申します。
横浜で海運業を営んでおります。
以後、お見知り置きを…」
男は、郁未が差し出した手を力強く握りしめた。
節くれ立った大きな分厚い手であった。
「初めまして。嵯峨郁未と申します。
洗足学院と言う寄宿学校を経営しております」

原嶋は郁未の手をがっちりと握りしめたまま、その黒豹に似た瞳を細めて笑った。
「…ああ。それでは貴方が嵯峨公爵様の…。
お噂はかねがね伺っております。
お会い出来て光栄です。
…私財を投げ打って孤児を救済し教育するなど、なかなかできることではありません。
慈悲深く清廉潔白な公爵令息様…。
志が高い方は、お貌までお綺麗だ…」

…大賛辞の中にどこか揶揄する色を感じ、郁未はやや眉を顰めた。
すると、男は朗らかな笑い声を立て、頭を掻いた。
「お気を悪くされましたら、申し訳ありません。
…何しろ粗野な平民なもので、貴方のように上品な方とお会いすると何を喋って良いのか分からなくなるのです。
お許しください」
「…いえ、そのような…」

詫びていても少しも卑屈さは感じさせない。
大らかな自信が漲っている男であった。
郁未は男の内面や思惑を測りかねていた。

…この男は、清良をもう見知っているような口振りだったが…。



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